「林達夫 編集の精神」落合勝人著

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 林達夫というと、戦前戦後を通じて己の精神の自由を守りとおした稀有(けう)な知識人として知られる。また驚くほどの寡作というイメージも強い。「たまたま試写室で……林達夫をみかけたりすると、映画などイヌにでもくわれてしまえ、といった気分になる」と書いたのは評論家の花田清輝だ。花田は日本でいち早くスターリン批判の火蓋を切った林の「共産主義的人間」(1951年)の刊行を後押ししたが、その後ぱったり書くことをやめてしまった林に対して、つまらない映画などで貴重な時間を浪費せず、もっと書いてほしいという思いを吐露しているのだ。

 本書は、そうした「書く人」としての林達夫ではなく、「作る人」=編集者としての面に光を当てている。この場合の編集者とは、1920年代に登場した一群の〈「書く人」であると同時に、出版社の内部あるいは外部から、出版物の企画・編集・製作にかかわった「作る人」〉のこと。著者はそれを“知識人/編集者”と名付け、その代表的人物として林を位置づけている。

 林が岩波書店の雑誌「思想」に和辻哲郎、谷川徹三と共に編集主幹として参加したのは1929年4月号からで、最初の3年間に、野呂栄太郎、羽仁五郎、服部之総といったマルクス主義者を執筆陣として起用。これが後に岩波が、日本の資本主義をマルクス主義の立場から解明した画期的な「日本資本主義発達史講座」を刊行することにつながる。一方で、その後の「講座」ものの先蹤(せんしょう)となる「岩波講座 世界思潮」の編集にも携わる。戦後は中央公論社、角川書店を経て、平凡社の「世界大百科事典」の編集長に就任する。

 著者は、こうした編集者としての林の軌跡を詳細に追いながら、関東大震災、翼賛体制を推進する新体制運動などが林の精神内部に深く及ぼした崩壊感覚を探っていく。そこから浮かび上がってくるのは「あやまりのすくなかった人」とは別の相貌であり、独自の精神史の構想である。自身、現役の編集者である著者が、林達夫という巨峰に果敢に挑んだ力作評論。 <狸>

(岩波書店 3960円)

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