いしいしんじ(作家)建材がちょうどよく組み合っていくような文章

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7月×日 京都のまちなかから、洛北へ引っ越すにあたり、家の荷物を少しでも減らすことにした。本の柱がつぎつぎと段ボール箱におさめられ、古書店「100000tアローントコ」の加地くんの手で運ばれていく。もともと書物にはあまり執着がなく、もう二度と手にはいらない詩集や未読本以外、ほぼぜんぶもっていってもらった。

 いっぽうレコードについては、どの盤をいつどの店のどの棚で見つけたか、のこらずおぼえていて、1枚も手放せない。新居の本棚をみても後藤護著「黒人音楽史」(中央公論新社 2750円)、ボブ・ディラン著「ソングの哲学」(岩波書店 4180円)、青柳いづみこ著「髙橋悠治という怪物」(河出書房新社 品切れ)など多数のこり、音楽本についてはあきらかに選別のハードルが低い。マイルス・デイヴィスほか著「マイルス・デイヴィス自伝」(シンコーミュージック 3300円)の文庫なんて3セットも並んでいる。

7月×日 段ボール箱と人間はなんとかぶじに期日どおり、洛北の新居にうつった。いま書いている小説の資料ふくめ、本の数が本棚3つにおさまったのは快挙だと胸をはりたい。

 新居で最初に手に取ったのは宮野真生子、磯野真穂著「急に具合が悪くなる」(晶文社 1760円)、濱口竜介監督による映画の原作だ。ひとことひとこと、ことばで目を洗うようなきもちで、こころをひらいて読む。すべての時間、場所がまあたらしく息づく。九鬼周造著「偶然性の問題」(岩波書店 1353円)に、ぼくも去年小説内で言及していた。宮野さんが文中にあげられた神社が、この新居の真横だった。はじめから結ばれていたかのような偶然にしずかに胸をうたれる。

 旧宅で読みかけだった松家仁之著「天使も踏むを畏れるところ」(新潮社 上・下各2970円)を上巻から再開した。建物の建材がすぱすぱとちょうどよく組み合っていくような文章。松家さんの小説はこの世界のありようをことばの置かれかたで少しずつととのえていく。あたらしく住みはじめたこの家に、おあつらえ向きの読書となった。

 カフカの「変身」(川島隆・新訳 KADOKAWA 550円)が、お楽しみにとってある。

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