新型コロナ感染情報の裏側 非常時にFAXと手書き集計に頼る
「もう止めようよ‥。手書きの発生届‥。」
新型コロナの感染拡大が続く4月23日、ひとりの内科医が発したツイートが、国内のみならず世界を駆け巡った。
新型コロナウイルスは指定感染症だ。感染症法に基づき、医師は患者(感染者)が確認され次第、速やかに最寄りの保健所に報告しなければならない。ところがその方法が、驚くほど原始的だったのだ。厚生労働省指定の「届出票」に医師が手書きで記入捺印して、保健所にファクスで送るというやり方だ。
もっとマシなやり方はなかったのか、と思うのだが、実はなかった。感染情報をネットで入力し、自動的に集計するようなシステムを、日本は持っていなかった。全国のすべての感染情報が、そうやって各地の保健所に送られていた。その事実が、このツイートによって白日のもとに晒されてしまったというわけだ。
しかし問題はそれだけにとどまらない。ファクスを受け取った保健所は、その内容を確認した後、都道府県知事に報告する決まりになっている。法令を読む限り、そのやり方に規定はない。だが、病院から受け取った手書きの届出票を、そのままファクスで送っていたはずである。なぜなら、届出票の宛先が「都道府県知事殿」となっているからだ。それに感染症法には、「最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なければならない」と書かれている。保健所は経由地に過ぎないのだから、そのまま送るしかない。
また一部報道によれば、東京都には、保健所からの報告を受けるファクス機が1台しかなかった。そのため通信が集中する時間帯には、受信漏れがかなり生じたらしい。いかにもフェイクっぽいだけに、かえって真実味がある話ではある。
保健所からファクスを受け取った都道府県は、今度はその情報を厚生労働大臣に報告しなければならない。報告のやり方に細かい規定はないが、やはりこれもファクスで送っていたはずである。ただし、医師が書いたオリジナルの届出票は知事宛だ。厚生労働大臣宛ではない。そのため都道府県庁内で、別の書式に書き換えていたはずである。しかも知事から大臣宛の正式な報告である以上、そこには知事の公印が押されていなければならない。だからファクスしかない。患者(感染者)ひとりひとりの書類を整え、知事の公印を押して、せっせとファクスしていたのだろう。
■初めてインターネットが使われたのは5月上旬以降か
厚生労働省では、そうして全国から集まったファクスを毎日手作業で仕分けし集計し、本日の感染者数や死亡数などをマスコミに発表する。ところが感染拡大がピークを迎えた5月上旬には、手作業での集計が間に合わなくなったらしい。5月8日に突然、集計方法を変えると言い出した。それまで自分たちで数えていたのを、都道府県が集計・公表している数字を積み上げる方法に変えたのである。
分かりやすく書くと、都道府県のホームページに掲載されている患者数・感染者数を、おそらくエクセルかなにかにコピペして(さすがに手計算ではなかったと信じたい)、足し合わせることにしたわけだ。5月8日から9日にかけて、感染者数が一気に増加したことは、記憶に新しい。
ともかくも、新型コロナの感染状況を把握するのに、ここで初めてインターネットが使われた。その意味で印象深い出来事だった。変更の理由について「保健所の集計が遅れ気味」とか、いろいろな事情を上げているが、情報伝達の流れからみて、苦しい言い訳と言わざるを得ない。そして我々国民は、日々そんな数字に一喜一憂していたのである。
しかしもっと気になるのは、専門家委員会も我々と同じ数字を使って、状況判断や今後の予想をしていたであろう点だ。手書きのバケツリレーを経て集計された数字は、抜けも多かったろうし、タイムラグも大きかったはず。だが感染報告の仕組み上、専門家委員会だけが、もっとまともな数字を手に入れていたとは考えにくい。緊急事態宣言やその解除のタイミングの判断にも、影響したに違いない。
それでも新型コロナは終息に向かっている。日本は欧米などと比べ、格段に犠牲者が少なかった。感染情報の伝達と集計が、かなり怪しかったとしても、結果的にはうまくいったのだから、いいではないか……そうかもしれない。だが専門家たちは、秋の深まりとともに、本格的な第二波が来ると言っている。
厚生労働省もさすがに懲りたようで、新システムの導入を急いでいる。果たしてIT後進国の汚名を、どこまで解消できているか、期待と不安が入り混じる。
(永田宏・長浜バイオ大学コンピュータバイオサイエンス学科教授)