【ボツリヌス症】毒素が持つ麻痺作用を利用して治療薬としても使われる
前回、ボツリヌス症についてお話ししました。ボツリヌス菌が食品などの中で産生する毒素によって、吐き気、嘔吐、視力障害、言語障害、嚥下困難などさまざまな症状がみられる病気です。
この毒素は、神経伝達物質であるアセチルコリンの放出を阻害し、全身の筋肉で弛緩性麻痺を引き起こします。ボツリヌス症による死亡の原因は呼吸失調によるものが多く、致死率が他の食中毒と比べてかなり高いとされているのは、そうした毒素の作用が大きいといえます。
一方で、ボツリヌス毒素はその高い麻痺活性を利用し、ジストニアや痙縮といった体の筋肉が異常に緊張することで起こる病気の治療薬として臨床応用されるようになりました。ボツリヌス毒素が筋肉に分布している神経の働きをブロックする特徴を利用して、筋肉の過度の緊張や突っ張りを和らげる治療法は「ボツリヌス毒素療法」と呼ばれています。
痙縮が起きて手足の動きや日常生活に悪影響を与えている筋肉に、ボツリヌス毒素を注射することによって痙縮の症状が抑えられ、滑らかに動かすことができるようになるのです。
最近は、筋肉のこわばりを取るためだけでなく、美容治療において表情筋などをターゲットにした“シワ取り注射”としてボツリヌス毒素が使われるケースも増えてきました。ただ、ボツリヌス毒素注射の効果持続期間は3~4カ月程度といわれており、繰り返し注射を行う必要があります。
また、ボツリヌス毒素を含む医薬品は「毒薬」に分類されているため、医療機関での管理に注意が必要です。使用した注射器は次亜塩素酸による毒素の不活化処理を行うことも求められています。
私は以前、注射器の不活化処理を行っている最中に、注射器で自分の指を刺してしまった経験があります。こうした事例は「針刺し事故」と呼ばれ、患者の血液が付着している注射針を自身に刺してしまった場合、HIVやB型肝炎などの感染症にかかるケースもあるのです。その時の私は、幸いにもそうした感染症にはかかりませんでした。
このようなリスクもあり、注射器の毒素の不活化処理には細心の注意が求められるのです。