声優・野下真歩さんは重症筋無力症と闘う「仕事に戻れるわけがない…涙が出た」

公開日: 更新日:

野下真歩さん(声優・役者)=重症筋無力症

 2018年春に「重症筋無力症(MG)」と診断され、4カ月の入院生活を送りました。幸い仕事ができるくらいまで回復しましたけれど個人差の大きい病気なので中には車いす生活を余儀なくされる人もいる難病です。

 私も入院前の一番ひどかった頃は、ズボンをはくときは椅子に腰かけて手で自分の脚を1本ずつ持ち上げないとはけませんでした。他にも軟らかい食べ物が噛めない、のみ込む力が乏しい、飲み物が鼻から出てしまう……といった状態でした。

 体が弱っているなと思い始めたのは2017年の春でした。最初は甘みを感じない味覚障害で、病院に行ったけれど原因は分かりませんでした。そのうちに電車に乗ると気持ちが悪くなるようになって、途中下車していったん吐いてから仕事に行ったこともあります。ちょうど仕事が楽しくなって、より一層頑張りたいときだったので、体がついてこないことが歯がゆくて仕方がありませんでした。

 声優をする上で一番困ったのが声の不調です。オーディションに提出する声を録音していると、マネジャーに「鼻詰まってない?」と指摘され、あちこちの耳鼻科や、声の専門病院にも行きました。けれど、どこへ行っても「アレルギーのせい」「ストレスでしょう」と言われて鼻炎用の薬や喘息の吸入薬を出されて終わり。「これ、治りますか?」と聞くと、「治りますよ」と言うので時間とお金をずいぶん使いました。ところが、治るどころか、しゃべっているとだんだん鼻から空気が漏れるようにフニャフニャして何を言っているか分からなくなるようになりました。

 転機が訪れたのは、その頃に通った大きな病院で「神経内科」という文字が目に入ったことでした。何の根拠もなく「行ってみようかな」と思ったのです。

 行ってみると、問診の段階で難病の可能性が浮上し、血液検査で抗アセチルコリン受容体抗体を調べられました。数値が200だったことから「これがあるということは重症筋無力症である可能性が高い」と言われ、この病気の症例が多い都内の病院を紹介されました。

 MGは神経から筋肉に指令を送る際、受け取る側のアセチルコリン受容体を邪魔する抗体ができてしまい、筋肉へうまく伝わらなくなることで筋力の低下が起こる自己免疫疾患です。抗アセチルコリン受容体抗体は正常な人からはほぼ検出されないものだそうです。

 紹介された都内の病院で顔にセンサーをつけて筋肉の動きを見る筋電図検査をしたときには、MGの典型的な波形に「これはずいぶんきれいな波形だ」と先生たちがワクワクしていました(笑)。

 即入院になり、最初にやったのがスコアチェックというものです。腕を何秒上げていられるか、目を何秒開けていられるか……などを調べるのですが、何秒で鼻声になるかをテストしたら、1から20も数えられない状態でした。声帯を閉める筋力が弱くなってしまうのだそうです。呼吸する筋力も弱いので、すぐに心電図や呼吸器につながれっぱなしになりました。

 2週間後には胸腔鏡手術で胸腺を切除。胸腺は大人には不要な臓器でMGは胸腺腫を併発することが多く、取り除くことで良くなるケースが多いそうです。その後は免疫を調節する免疫グロブリン療法、さらには2カ月間かけてステロイド投与を行って退院しました。

■いろいろな人の人生を垣間見て怖いものがなくなった

 入院した当初は、やりたかった仕事や舞台の主役が決まったタイミングだったので、「何で今なの?」と悔しい気持ちでいっぱいでした。手術後にリハビリをしてもピロピロ笛を吹き伸ばせず、ストローで水をブクブクすることもできません。「これじゃ演じる仕事に戻れるわけがない」と、そのとき初めて涙が出ました。でも、先生が「絶対に声優のお仕事に戻れるように頑張りましょう」と力強く励ましてくれたので、努力を続けられました。

 ただ、現在の医学では完治することがないのでステロイドと免疫抑制剤は一生飲み続けなければならないと言われています。抗体値もまだ高いので「また同じようになってしまったらどうしよう」という不安は消えません。加えて、手術で切除した胸腺腫が結果的に悪性で、10年は定期的な検査が必要です。

 病気になって良かったことなど何もありません。でも、長く入院したことでいろいろな人の人生を垣間見て、怖いものがなくなった気がします。以前は人の気持ちが怖かったし、すぐに傷ついていたんですけれど、そういう時間がもったいないと思うようになったのです。「他人に頼っちゃいけない」というかたくなな気持ちからも少し解放されて、考え方が明るくなりました。

 今はひと仕事終えるたびに「生きていて幸せだな~」と思えて、仕事が楽しくて仕方がありません。

 入院して一度仕事を失い「自分の代わりはいくらでもいる」と気付かされたけれど、それでもこの世界で頑張ろうと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽野下真歩(のした・まほ) 京都府生まれ。声優としてウェブアニメやゲームに多数出演。また舞台などで役者としても活動する中、NHKドラマ「オードリー」や「ほんまもん」にも出演。現在はラジオ「84.0MHz 発するFM『午後も発する』」のパーソナリティーや、ナレーション、ラジオドラマ、司会など幅広く活躍している。

■本コラム待望の書籍化!愉快な病人たち(講談社 税込み1540円)好評発売中!

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  2. 2

    巨人・桑田二軍監督の電撃退団は“事実上のクビ”…真相は「優勝したのに国際部への異動を打診されていた」

  3. 3

    クマ駆除を1カ月以上拒否…地元猟友会を激怒させた北海道積丹町議会副議長の「トンデモ発言」

  4. 4

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  5. 5

    クマ駆除の過酷な実態…運搬や解体もハンター任せ、重すぎる負担で現場疲弊、秋田県は自衛隊に支援要請

  1. 6

    露天風呂清掃中の男性を襲ったのは人間の味を覚えた“人食いクマ”…10月だけで6人犠牲、災害級の緊急事態

  2. 7

    高市自民が維新の“連立離脱”封じ…政策進捗管理「与党実務者協議体」設置のウラと本音

  3. 8

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 9

    恥辱まみれの高市外交… 「ノーベル平和賞推薦」でのトランプ媚びはアベ手法そのもの

  5. 10

    引退の巨人・長野久義 悪評ゼロの「気配り伝説」…驚きの証言が球界関係者から続々