ここはどこ?私は誰?の状態でした…歌手の松原愛さんもやもや病を振り返る

公開日: 更新日:

松原愛さん(歌手/68歳)=もやもや病

 私が「もやもや病」と診断されたのはおよそ20年前です。今でも難病指定されていますけれど、当時は不治の病といわれて、死んでいてもおかしくないくらいでした。

 この病気は内頚動脈という太い脳血管の終末部が細くなって、脳の血液不足が起こりやすくなり、その不足を補うために細い脳血管が次々に生まれてもやもやとした塊になる病気です。私はもやもや病から脳梗塞になり、左半身不随になったのです。

 前兆はゆるやかに忍び寄ってきました。当時イベントの司会などをよくやっていて、その最中に突然言葉が出なくなることがあったり、車の運転時に違和感があったりして、「なんかおかしい」と思い始めたのが最初です。そのうちに徐々に左半身がいうことをきかなくなっていき、お酒を飲むと左脚の力がガクンと抜けたりするようになりました。それでも、そんな大きな病気の前触れとは思わずに何カ月も経ってしまいました。

 病院を受診したのは、首が痛くて仕方がなかったからです。整形外科で「ヘルニア」と診断されて、精密検査のために入院になりました。でも頚椎に異常はなく、血圧も正常、動脈硬化もない。悪いところが見当たらないので、そのまま退院になりそうでした。しかし、その寸前に来てくださった教授が、私をひと目見るなり「これは左半身不随だよ。おまえらそれでも医者か! すぐCTスキャンしろ!」と、スタッフを怒鳴りつけたのです。

 その一声で右脳に大きな脳梗塞が発見され、神経内科に移されました。ところが、1カ月検査をしても脳梗塞の原因が見つかりません。足の付け根から脳までカテーテルを入れる、とても気持ちの悪い検査を何度もしたのですが、結果は同じでした。

 そこまでやって、やっと「もやもや病かもしれない」となったのです。当時は今ほど知られていない病気でした。そこで脳神経外科に回されました。その病院の脳神経外科の藤本司教授はもやもや病の名医であり、「弱った脳を守りながら、少なくなった脳の血流を増やす、私たちが開発した手術(RDP)をしましょう」「大丈夫。元通りにしてあげる」と言ってくださいました。RDPは、脳を包んでいる膜=硬膜の血管の血流を維持したまま硬膜を部分的に反転させ、血流が少ないことで発作の原因になっている脳の近くに硬膜表面を接触させ、新しく血管を増やす方法とのことでした。先生のお話では、もやもや病になる人は生まれつき内頚動脈に問題があるのだそうです。言われてみれば、子供の頃からマラソンなどでよく倒れていました。

 治療は開頭手術。「脳外科一丸となってやります」と言ってくださり、あまり心配せずに手術に向かうことができました。医師4人のグループで、手術は5時間弱かかったと聞いています。私の体感は10分ぐらいでしたけれど(笑)。あとから聞いた話では、広範囲で少なくなっていた血流を増やすためにRDPを3カ所において、広い範囲で血管が増えてくるようにしたとのことでした。

 腫れが引くまでしばらく頭の上には傷口から染み出る髄液がたまる入れ物が付いていました。その時にお見舞いに来てくれた人は、そんな私の姿が強烈だったようで、いまだに「大丈夫か?」と心配してくれます(笑)。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  2. 2

    視聴率の取れない枠にハマった和久田麻由子アナの不運 与えられているのは「誰でもできる役割」のみ

  3. 3

    不慮の事故で四肢が完全麻痺…BARBEE BOYSのKONTAが日刊ゲンダイに語っていた歌、家族、うつ病との闘病

  4. 4

    嵐が去る前に思い出す…あの頃の「松本潤」と「大野智」

  5. 5

    田中将大が楽天を去った本当の理由…退団から巨人移籍までに俺とした“3度の電話”の中身

  1. 6

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  2. 7

    あのちゃん追い風だった女優業に暗雲の炎上!「嫌いな芸能人」発言で反撃される痛恨

  3. 8

    高市首相応援議連「国力研究会」発足 “大政翼賛会”に入会しなかった70人と主な議員の名前

  4. 9

    巨人“育成の星”のアクシデントに阿部監督は顔面硬直、原辰徳氏は絶句…桑田真澄氏の懸念が現実に

  5. 10

    出口夏希の“男選び”がもたらす影響…伊藤健太郎との熱愛報道と旧ジャニファンが落ち込む意外