局所性ジストニアが分かったあんざいのりえさんはリスクあっても手術を選択

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術後は「ドレミファソラシド」が弾けなかった

 ただ、問題はここからです。手術の翌日、「もう弾いていいよ」と言われたので、屋上に行ってアコーディオンを弾いてみたら、指は快調に動くのに「ドレミファソラシド」が弾けませんでした。「ド」がどこだかわからないし、「レ」の位置もわからない。名前が書けなかったり、書こうと思う場所じゃないところに書いてしまったり……。お見舞いに来てくれた友人は、私の返事がものすごく遅かったと言っていました。神経回路がうまくつながってなかったのかもしれません。

 先生は「脳が腫れているから数週間はいろんな違和感が出るよ」とおっしゃいました。私はすぐに復帰できると思っていたので、2週間後には仕事を入れていたのです。以前の私なら、焦ったと思います。

 でも、術後の私はまったく焦りませんでした。落胆することもなく、淡々とキャンセルの連絡を入れ、代役をお願いしました。

 怒りや悲しみだけじゃなく、うれしい、楽しいも感じなくなっていました。その代わり、精神安定剤は不要になりましたけどね。

 以前の私は人の気持ちがわかりすぎて、落ち込むことが多かったように思います。失敗を恐れて緊張もしました。でも今は人がどう感じるか、感じているかがわかりません。緊張もしません。失敗しても仕方ないと思うし、間違っても気にならない。それが仕事にとっていいことかどうかはわかりませんが(笑)。以前は人の顔色をうかがって自分を出せなかったけれど、今は自分の好きなようにできるという点ではずいぶん楽になりました。

 30分間フルでのショーができるようになるまでは術後1年かかりました。でも、以前のようにお客さんの雰囲気をつかんで、アドリブで盛り上げることはできなくなりました。今はトークの内容も事前に考えたセリフですし、忘れたり、詰まったりすることもあります。アコーディオンで弾く曲も一から覚え直したようなもの。以前はアコーディオンに感情が乗って、客席のおじいちゃんが泣いてくれたこともありましたが、今は感情をこめて弾くことが難しくなりました。

 落ち込みがちな人間だったので、子育てや生活では落ち込まなくなってよかったんですけど、芸人としてはお客さんの感情が感じ取れないことはマイナス。それを母親に言うと、「リスクを背負って手術を受けたんでしょ。元通りにならないからって何なの。小さいことは気にしないで」と、あっさり言われました。手術を受けて10年以上たって思うのは、結局、なるようにしかならない。与えられた環境の中でできる範囲で頑張り続けるだけです。

(聞き手=松永詠美子)

▽あんざいのりえ 1976年、神奈川県生まれ。短大卒業後、日本アコーディオン指導者協会の平山尚氏に師事し、1年後に大道芸人デビュー。海外での放浪遠征を経て、各地の大道芸フェスに出演。東京都ヘブンアーティストのライセンスを持ち、東京・上野公園を拠点に活動するシングルマザー。地方のお祭りやイベント、パーティーなどの依頼にも応じている。

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