俳優の沢井小次郎さんは「慢性腎不全」で3回目の臨死体験

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「私の腎臓を使ってくれていい」…妻が言ってくれた

 慢性腎不全の前兆は、C型肝炎がわかる前から始まっていました。1993年のドラマでスポーツジムのインストラクター役が決まり、急いで筋肉をつけるためにむちゃなトレーニングを繰り返したことがきっかけです。食事は主にプロテインと肉で、その結果「痛風」になりました。その後、ゆっくりと時間をかけて「痛風腎」になり、「腎不全」を経て「慢性腎不全」になりました。「そろそろヤバイな」と思っていたんです。

 そして、2021年夏のドラマの撮影がすべて終わって帰宅した夜、呼吸困難になって、嫁ハンの車で救急病院へ。到着した頃には気が遠くなって、3回目の臨死体験ですわ。

 肺に水がたまっていたようです。肺の水を抜きながら人工透析をすることで命拾いしましたが、そこから週3回、1回3時間の透析のために通院することになりました。

 透析以外に治療法はないのかと先生に相談したところ、「腎臓移植がある」と言われました。でもドナーの順番が来るまで最低10年、病院や先生の順番待ちも合わせると13年はかかるとのこと。それを聞いて、いよいよ自分の人生は終わったと思いました。

 でも、妻にそう話すと「私の腎臓を使ってくれていいよ」と言ってくれたのです。嫁ハンの体がどうなるか心配でしたが、ありがたかったです。

 ただ、簡単ではありませんでした。よくよく調べると、私の体はあちこち“壊れて”いて、それをすべて治さないと移植はできませんでした。半年かけて悪いところを治しながら、血液型が違う嫁ハンとのマッチングを確認しました。マッチングはOKでしたが、移植成功率は50%と言われました。

 ドナーが決まっても当分は手術待ちだと覚悟していたところ、なんと1カ月半後にドタキャンが出て、奇跡的に早く移植手術を受けられました。

 手術から目覚めたとき、首から下が軽いことを実感しました。移植初日から7200㏄の尿が出て、2日目と3日目にも7000㏄ずつ排尿。先生もその量に「歴代1位だよ」と笑っていました。

 おかげさまで透析が不要になり、驚くほど回復も早くて、退院も予定よりだいぶ早くできました。

 それから3カ月通院して経過観察が終わった頃、「あいつ今何してる?」というテレビ番組から電話があり、35年前に結成していた「幕末塾」で出演させていただきました。幸い私の米国での映画プロジェクトに興味を持つスポンサーも現れました。

 ピンチのたびに周りからチャンスをいただき、人のために生きることを教えられました。自分が伝えられることは、「何があっても負けないこと。それが不可能を可能にしていく」ということくらい。「奇跡は自分の中にある」と思っています。 (聞き手=松永詠美子)

▽沢井小次郎(さわい・こじろう)東京生まれ。原宿のパフォーマンス集団「幕末塾」としてフジテレビ「ナイスガイ・コンテスト」で準優勝。翌年に秋元康プロデュースの「幕末塾」のメンバーとしてCDデビューを果たす。ドラマ、映画、舞台などで活躍後、1997年から自身原作の映画をハリウッドメジャー映画のシステムで製作することに奔走。製作や配給などの全権利、全決定権を所有した。芸能プロダクションや制作会社で代表を務めるほか、絵画や執筆など多彩な才能を持つ。

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