(2)食料が消える…「飢え」が健康を蝕んでいく
背景には食生活の偏りがある。愛国学園短期大学の古谷彰子(栄養学)准教授が言う。
「当時の日本人の食生活は、階級差・地域差も大きく、多くの日本人はエネルギーは摂れていても、栄養バランスが悪かったのです。典型的な食事は主食が米、麦、雑穀で、副食は味噌汁や漬物、おかずはわずかな魚や大豆製品などで、肉や乳製品はほとんどありませんでした」
しかも、昭和恐慌で都市の失業と農村の貧困が進み、慢性的な栄養不足層が拡大した。学校給食制度導入など対策は講じられたが、国民の体力向上は急務とされ、衛生行政の統一が求められた。医事評論家で長浜バイオ大学元教授(医療情報学)の永田宏氏が言う。
「その結果、38年に厚生省が誕生したわけですが、それは日本が総力戦体制の下で国民の健康・労働力・出生・人口・栄養を一体的に管理する必要があったからです。背景に国民の健康=国力=戦力との認識があったのです」
■配給と体重減少
やがて食料は厳しく統制される。すでに日中戦争から統制は進んでいたが、国家総動員法を契機に米穀配給統制法や精米制限、米穀通帳制度などが整備され、生活は配給に依存するようになった。砂糖や衣服も同様である。


















