いなくなった昭和型の名将…それでも起こる「甲子園の奇跡」
本は1969年、神奈川大会の決勝戦で、横浜高校が上原広一投手擁する東海大相模(原貢監督)に惜敗し、甲子園に出場できなかったところで終わっています。
横浜高校は、1973年春には永川英植投手を擁して初出場初優勝を果たし、1980年夏は愛甲猛投手が活躍して優勝を成し遂げています。
その後の横浜高校の躍進は誰もが知るところです。私は横浜が勝ったときや負けたとき、渡辺監督がインタビューされるのを見て「この人があの本の……」といつも軍司貞則氏が本で紹介した数々のむちゃくちゃで常軌を逸した逸話を思い出していました。
渡辺監督は、インタビューでは口が重く、多くを語りません。表情を変えず一途なしゃべり。それゆえか、その雰囲気、そぶり、佇まいに熱いものを感じます。「巧言令色鮮し仁」(論語)の私は、鉄拳を授かるような思いで聞いていました。
高校野球では名将とされる監督が多くいます。
三池工の原貢氏、箕島の尾藤公氏、池田の蔦文也氏、数え上げたらきりがありません。


















