斎藤孝さん読破した本は1万冊超「氷川清話」への思い語る
勝海舟「氷川清話」
代表作の「声に出して読みたい日本語」は累計260万部のロングセラーになっている。テレビのコメンテーターとしてもすっかり有名な斎藤孝教授は大変な読書家で、今でも1日にほぼ1冊の読書が日課。これまで読破した本は軽く1万冊を超えるという。そんな斎藤教授があげた一冊は――。
■幕末・維新の志士たちの器の大きさに驚き
この本には中学2年の時に出合いました。父親が読書家で、当時、日曜日に外食をすると帰りに書店に寄って好きな本を買うのがわが家の習慣。それでこの本と「日本人とユダヤ人」をセットで買ってもらいました。
勝海舟の名前は、いろいろな書物やテレビドラマでもちろん知っていましたが、著書を読むのは初めて。ページをめくってみると、一話一話が分かりやすい短い文章で、幕末・維新のいろいろな人物の批判が載っていて、おもしろそうだと思ったのです。
買ってからは、学校のカバンの中に入れて持ち歩き、時間があれば、毎日読んでいました。
なぜ「氷川清話」に引かれたのか。いま思うと、私は小学生の頃から、資源のない、加工貿易の日本という国はどんな工夫をして、どんな道を進むのがいいのか、漠然とですが、考えていました。そんな日本で自分が果たす役割は何なのかと。
そんな時に読んだこの本には、幕末・維新の人々が日本をどう支えたのか、新しい国づくりをしたのかが生々しく書いてあった。そこが魅力だったのです。
勝海舟はたとえば、西郷隆盛との江戸城無血開城について、こんなことを言っています。
<西郷なんぞは、どの位ふとっ腹の人だったかわからないよ。……いよいよ談判になると、西郷は、おれのいふ事を一々信用してくれ、その間一点の疑念も挟まなかった。「いろいろむつかしい議論もありませうが、私が一身にかけて御引受けします」――西郷のこの一言で、江戸百万の生霊も、その生命と財産とを保つことが出来、また徳川氏もその滅亡を免れたのだ。……その大局を達観して、しかも果断に富んで居たには、おれも感心した>と。
当事者が、目の前で起きている歴史的出来事をリアルタイムで話しているのだけでもおもしろいうえに、人物たちの器の大きさが肉声で伝わってくる。すっかりこの本に魅了され、同時に幕末の志士たちにあこがれを抱き、自分も世の中に貢献できる人物になろうと決めました。それで東大法学部に進んだのですが、最初は、いちばん価値のある仕事は何かということで、裁判官を志しました。
教育テレビで番組を作ることが実現
しかし、考えるうちに、だんだんと、世の中に影響を与えるという点では、NHKで番組を作ることではないかと思うようになったのです。それが大学3年のときです。
NHKといっても当時の教育テレビのことですが、そこで番組を作るにはどうしたらいいのか考え、そうだ、教育テレビだから、教育の専門家になるのが近道ではないかと、大学院は教育学研究に進んだのです。
それからは定職なし、収入なしの食べられない時代もありましたが、2001年、「声に出して読みたい日本語」を出し、それを読んだNHKのプロデューサーから声がかかったのです。それがきっかけで2003年、NHKのEテレで「にほんごであそぼ」(月~木曜朝6時35~45分)という子ども番組がスタートし、現在も総合指導をしています。この番組は子どもに古今のすばらしい名文を、遊びや歌などを通して聞かせ、日本語の魂、精神を受け継いでほしいという番組。スタッフがとても優秀で、子ども番組とは思えない質の高い日本語番組になっています。この番組を見て育った子どもたちが、どんな成長をするのか楽しみです。
その意味では、この国の将来を支える仕事ができているなと思っているんです。中学2年生の時に「氷川清話」を読んで、いずれ大きな仕事をしたい、この国を支えたいと思ったことが、どうにか自分なりに形になったなと納得しています。
この国の政治はいま、身内ばかりを優遇したりとか汚職とか、そんなことが多くて、私心を捨てて大局から物事をみるという人が少なくなっています。それだけに、大きな器の人物がどんどん出てきてほしい。それを切に願っています。
■「氷川清話」 明治32年まで生きた海舟が晩年、東京・赤坂氷川の自邸で、歯に衣着せず語った痛烈な人物評や時局批判を、当時の新聞記者たちが聞き書きした談話集。西郷隆盛をベタ褒めする一方で、木戸孝允や榎本武揚らには手厳しい。また日清戦争(明治27~28年)についても、国中が戦勝機運で盛り上がる中で、中国と対立することの愚かさを説いていて、その後の日中ドロ沼戦争を予言したと評価されている。
▽さいとう・たかし 1960年、静岡市生まれ。静岡高、東大法学部、同大学院を経て、現在、明治大学文学部教授。