田中幾太郎
著者のコラム一覧
田中幾太郎ジャーナリスト

1958年、東京都生まれ。「週刊現代」記者を経てフリー。医療問題企業経営などにつ いて月刊誌や日刊ゲンダイに執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベスト新書)、 「慶應三田会の人脈と実力」(宝島新書)「三菱財閥 最強の秘密」(同)など。

安倍前首相の母校・成蹊学園が実践する“真のゆとり教育”の3本柱

公開日: 更新日:

 都内の「住みたい街」や「おしゃれな街」のランキングで常に上位にくる吉祥寺(東京都武蔵野市)。この人気エリアに東京ドーム6個分、約27万平方メートルの敷地を擁しているのが成蹊学園だ。この広大なキャンパスに小学校から大学・大学院まですべてが収まっている。

 ここの卒業生でもっとも有名なのは前首相の安倍晋三(66)だろう。小学校から大学まで16年間、吉祥寺の成蹊キャンパスに通い続けた。大学時代(法学部政治学科1977年卒)、イタリアの高級車アルファロメオを乗り回し、雀荘に足繁く通っていたのはよく知られたエピソードだが、小学生時代の安倍少年はまるで目立たない子どもだったという。「典型的なお坊ちゃまタイプ」と振り返るのは学校法人成蹊学園関係者だ。

「当時の同級生が一様に語るのは、人と争うところを見たことがないということ。おじいさま(岸信介第56・57代首相)から将来の総理を嘱望されていた安倍さんは、直感的におとなしくしていなければいけないという思いがあったのかもしれません。もっとも、安倍さんに限らず、成蹊小学校の生徒はおっとりしている子が多いのですが……」(同)

 成蹊小学校の開校は1915年。その10年後に旧制成蹊高校(7年制)が開校すると、そこに内部進学できる成蹊小学校の人気は急速に高まった。旧制高校からは東大をはじめ、帝国大学に優先的に入学できたからだ。戦後になると、教育制度が大きく変わり、そうしたメリットもなくなる。

「かつての超名門小学校のイメージはなくなりましたが、いまだに根強い人気がある。ゆったりとした環境で子どもを伸び伸びと育てたいという親御さんたちから支持されています」(大手学習塾幹部)

■3本柱は「凝念」「日記指導」「こみち科」

 この小学校では、見せかけではない真の“ゆとり教育”があると話すのは、前出の学校法人関係者。

「ゆとり教育はただ、のんびりするという意味ではない。生徒の個性を尊重しながら、外面はおっとりしていても、内面はたくましく、自立した人間を育てることを目標にしている。そのために、成蹊小学校独自の教育方法もいろいろ実践しています」

 そのひとつが「凝念(ぎょうねん)」なるもの。成蹊学園を創立した教育者の中村春二が考案した精神集中法だ。椅子に座るか、もしくは立ったまま、みぞおちの下あたりで両手を重ね、左右の親指を合わせて桃の形をつくり、黙想するのである。朝の会、帰りの会、授業、給食などの開始時、さらには始業式をはじめとするさまざまな行事でも行われる。「心が整理され、すがすがしい気持ちで物事に臨める」という。

「凝念」と同様、創立以来、続けられているのが「日記指導」。生徒一人ひとりが毎日の生活の中で感じたことを日記につづり、自身を見つめ直す。そして、あとがきの欄に、教師が感想やアドバイスを加える。師弟の絆をより深める効果もある。

「そうした中で、もっとも重視しているのが総合学習を目的とした『こみち科』です。これこそ、成蹊小学校が誇れる教科といっても過言ではありません」

 そのオリジンは、創立当初からあった「園芸」という教科。以降、「生活単元学習」や「生活学習」という形で発展し、独自の総合学習の場となっていく。91年度からは低学年(1~2年生)を対象に、それに代わる教科として「こみち科」を新設。04年度からは全学年を対象にした。

 低学年のこみち科では、生徒の感性を豊かにするためのカリキュラムを組んでいる。校舎の周囲の自然を観察したり、校内にある農地で野菜を栽培。中学年(3~4年生)では栽培、行事、図書館やパソコンの活用など、領域は広範囲にわたり、他教科との連携も図る。高学年(5~6年生)ではさらにレベルアップ。日常生活における基礎知識や技能を身につける。収穫した麦で味噌を仕込んだり、小麦粉を全粒粉に挽いてパン作りにチャレンジと、食育への意識も高める。

「簡単に言えば、他人に頼らず、自分で生きていく力をつける場なのです。6年生は各自がテーマを決めて、1年間かけて調査を行い、資料をパワーポイントで作成する。いわゆる卒業研究ですが、全部、一人で最後までやる。優秀な作品は、クラスの代表として、みんなの前でプレゼンテーションをします」(学校法人関係者)

「夏の学校」では親元を離れて集団生活を体験

 こみち科で6年間、実践を重ねたあとは、生徒は見違えるようにたくましくなっているという。もうひとつ、生徒のたくましさに一役買っているのは「夏の学校」。成蹊小学校創立当初は、夏休みを廃止して、夏の学校に充てた。創立者・中村春二は生徒の心身の鍛錬に、絶好の期間だと考えたのだ。

 さすがに夏休みの期間をすべて夏の学校に費やすことはなくなったが、親元を離れて集団生活を体験する伝統は今でも生きている。1~3年生は成蹊学園が所有する箱根寮を使い、泊り込みで体験学習。4年生は南房総、5年生は志賀高原、6年生は再び南房総で夏の学校を体験する。

「メーンイベントはやはり6年生の時の遠泳。あれはしんどかった」と振り返るのは50代のOB。卒業生を中心とした水泳師範団のサポートを受けながら、2キロメートルを泳ぎ切るのだ。

「精魂を使い果たしました。何よりきつかったのは男子はみんな、赤フンドシを締めなければならなかったこと。一方、女子はスクール水着なんですが、彼女たちにジロジロ見られるのがなんとも恥ずかしくて……。今となってはいい思い出ですが」とOBは笑う。

 現在は、男子生徒もフンドシではなく、普通の水泳パンツを履く。なお、昨年はコロナ禍のせいで夏の学校は中止。代わりに、学園内の複数のプールを使い、長時間、泳ぎ続ける水泳訓練を行った。

 新型コロナウイルスが猛威を振るう中、さまざまなカリキュラムが変更を余儀なくされているが、授業はすでに平静さを取り戻している。

内部進学できる学校の中で成蹊小のレベルが上昇

「大学までエスカレーター式に内部進学できる学校では、学業に関し、どうしても気が緩みがちですが、最近の成蹊小学校はレベルが急上昇していると評判になっている」と前出の学習塾幹部は話す。

 大きな変革をもたらした背景として、15年度から導入された「学年内完全教科担任制」が挙げられる。5年と6年の国語、社会、算数、こみちの4教科について、同学年の学級担任がそれぞれ担当することになったのだ。

「各教師の専門分野を生かせるようにしたのです。各教科研究部でも横の連携も密にして、教師同士で研究を重ね、独自の教材を作って、より充実した指導ができるように図っています」(学校法人関係者)

 同校への注目が以前にもまして高まっているが、人気の秘密はほかにもある。何よりも、将来への安心感が大きいという。「成蹊大学が就職に強いのが、小学校受験を目指す親御さんたちからは魅力に映るようです」と学習塾幹部は話す。

 成蹊大学の就職先で目立つのは三菱UFJ銀行、東京海上日動火災保険、明治安田生命保険、三菱電機といった三菱グループ企業。中村春二が成蹊学園を創設する際、全面協力したのが三菱財閥4代目総帥の岩崎小彌太だったこともあり、多くの三菱系企業と人的交流があるのだ。

■大学には高校から3割程度が進学

 とはいえ、成蹊小学校出身者がその恩恵をどれだけ受けているのかとなると、はなはだ疑問。成蹊小学校から成蹊中学・高校にはほとんどの生徒が内部進学するが、高校から成蹊大学となると、実は3割程度しか進学しないのである。例年、成蹊高校3年生の85%前後の生徒が成蹊大学への内部推薦の有資格者となる。ところが、それを放棄して、別の有名私大や国公立大を受験するケースが多いのだ。「今後ますます、その傾向が強まるのでは」と予想するのは予備校スタッフ。

「学園が変革を打ち出しているのは、底上げを図って、より大学受験に強い小中高一貫校を目指しているからではないか。特に、受験校の人気のバロメーターである医学部の合格者数(21年は延べ39人)を増やしたいと、経営陣は考えていると思う」

 少子化の中、より厳しさが増す学校経営。過去のネームバリューだけで生き残れる時代は終わったのかもしれない。  

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