出口治明さん前向き闘病記 「落ち込んだのは3秒だけ」脳出血で半身まひと言語障害に陥るも1年後に学長復帰
昨年も著書6冊、ローマ旅行も
昨年10月には、イタリア・ローマに10日間、聖年(25年に1度、4聖堂の“聖なる扉”が開く期間)に出かけたという。
「ローマは大好きな都市で何度も訪れているので、僕が案内役となり、友人5人を連れて行きました。でも、海外旅行はさすがに手間暇がかかって大変でした(笑)」
スムーズに言葉が出ないときは、ホワイトボードに、もともと利き手ではなかった左手で器用に字や図表を書きながら答える。壮絶なリハビリをしたことがうかがえる。
「今も東京キャンパスに来ない日は、自宅でリハビリを続けています。読み書きはほとんど問題なくできるので今は言語のリハビリはせず、身体のリハビリをしています。理学療法士らが、自宅に来てくれるんです。1日1時間。続けないと機能が落ちてしまうんです。旅行中はリハビリができなかったので、帰国後やらなかった分を取り戻すのが大変でした」
夫人と娘の3人暮らし。家族との時間も、楽しんでいるのだろうか。
「いやあ、別に(笑)。僕はただずっと本を読んでいます。本は月2回ほど本屋へ行き、まとめて買ってきます。史学の本が多いですね。読むのは週3~5冊。読むスピードは病気の前とほとんど変わらなくなったので、ページをめくるのに手間どるのがもどかしいですね」
読書のほかお酒も好きだったが、病を機に医者に禁止され、それは残念なのだとか。
京大法学部卒業後、司法試験に落ちて日本生命でサラリーマン生活を送った出口さん。退職後の60歳のとき、20、30代の若い世代と組み「ライフネット生命保険」を立ち上げた。その挑戦は“還暦ベンチャー”とも呼ばれたが、自身の人生に点数を付けるとしたら「70点」。「僕は自分に甘いから」と笑う。
「人生で一番大変だったのは『ライフネット生命』創業時。右肩上がりで契約者が増えると思っていましたが、知名度がなく苦戦しました。そこで、積極的にメディアに出ました。30代の若者と組んだことも事業成功の理由のひとつ。目標より早い去年、東証プライムに上場できました」
貴重な経験を、これからも語り続けてほしい。
(取材・文=中野裕子)
▽出口治明(でぐち・はるあき)1948年4月18日三重県生まれ。京都大学卒業後日本生命保険相互会社入社。2006年同社を退社し、08年ライフネット生命保険株式会社社長。17年退任。翌18年、立命館アジア太平洋大学第4代学長。21年、脳出血で倒れるが22年復帰。23年、学長退任。



















