著者のコラム一覧
山田一仁フォトジャーナリスト

1957年1月1日生まれ。岐阜県出身。千葉大工学部画像工学科卒業後、文藝春秋社に入社。フリーランスとして五輪はロス、ソウル、バルセロナ、シドニー、カルガリ、リレハンメルなど取材。サッカーW杯は1990年イタリア大会から、ユーロは1996年英国大会から取材。89年のベルリンの壁、ルーマニア革命、91年ソ連クーデター、93年ロシア内紛、95年チェチェン紛争など現地取材。英プレミアリーグの撮影ライセンスを日本人フリーランスカメラマンとして唯一保有。Jリーグ岐阜のオフィシャルカメラマンを務めている。

日本人の危機意識はブラジルやイギリスよりも弛緩している

公開日: 更新日:

▼3月27日 金曜日

 日本に帰国する前日となった。20年近く通ったスーパーASDAに行ってみた。ここにも入場制限が掛かり、並んでいる際も前後の人と2メートルを空けるルールになっている。

 KLMの帰国便はロンドン→オランダ・アムステルダム→関西国際空港。サイトをチェックしたらロンドン→アムステルダム便(の運航)がキャンセルされていることが判明した(アムステルダム→関西空港便はOKだった)。すぐにロンドン・ヒースロー空港に行って予約変更したいところだが、そうすると取材ができない。まずはハイドパークに向かった。

「確か透明な板にエリザベス女王のシルエットが入ったモニュメントみたいなものがあったはずだが……」。ジョギングしながら探すとハイドパーク東端のパークレイン通りを渡ったところにあった。イギリスはチャールズ皇太子も新型コロナウイルスに感染し、ジョンソン首相は感染後、一時ICUに入れられた。ロンドンは、誰が感染しても不思議ではない。エリザベス女王は今、どんな気持ちでイギリス国民を見守っているのだろうか?

■誰が感染しても不思議ではないロンドン

 日が暮れてからヒースロー空港に向かった。KLMのカウンターで直談判。幸いにもアムステルダムへのチケットは確保できた。ホッとして周囲を見渡すと足止めを食らって途方に暮れている人が大勢いた。かなりの数の便がキャンセルになっているようだ。ホールの反対側に出ると長い列ができていた。モスクワ行のアエロフロートだという。先に進むと白いジャンプスーツみたいな服装の中国人がいた。「これってひょっとして防護服?」と聞くと「そうよ。アマゾンで購入してデリバリーしてもらったのよ」。さすが新型コロナの発信地! 中国人は準備がいい。

  それからスマホの充電スポットでチャージしていると「それは無料ですか?」と日本語で尋ねられた。振り返るとブラジル人女性のようだ。Jと名乗る彼女は「ワタシはニホン生まれのハーフです」と自己紹介してくれた。

「アナタの便もキャンセルになったのですか?」。そう尋ねると彼女はこう言った。「アムステルダムから東京(成田)に飛ぶ便がキャンセルになり、代替便としてロンドン→東京を用意してもらったのですが、入国制限レベル3のオランダに滞在していたという理由で搭乗を拒否されてしまいました」

 そう言えば、在ロンドン日本大使館から新型コロナの水際対策として日本が入国制限を始めたというインフォメーションがあった。そこには、対象国のリストあった。3月26日にオランダがレベル3に加えられたのだ。ちなみにイギリスはレベル2。レベル3の国に滞在していた日本人は、帰国時に全員がPCR検査を受ける。外国人は入国拒否の対象となるが、特段の事情がある場合は「対象外となる」という文面があったはずだが……。しかし、ハーフの人たちは帰国難民状態になってしまった。

 空港を離れるときに防護服の中国人女性2人組がいた。どうやら彼女たちも搭乗拒否のようだ。

▼3月28日 土曜日

 アムステルダム行きは午前6時30分。一睡もしないでヒースロー空港のターミナルに午前4時30分に着いた。Jさんもいる。彼女は1年間のオランダ留学を終えて帰国する予定だった。継続して1年以上外国にいると日本での在留資格を失ってしまう。

 その前に帰国して日本のパスポートを取得する予定だった。「Jさんもアムステルダム→関西空港行きの便に変更して帰国したらどうですか?」と勧めた。

「搭乗拒否に大きなショックを受けています。これで日本に着いて空港で入国拒否になったら、今度は留学先のオランダのビザが切れてしまい、オランダでも入国を拒否されてしまう。そうなったらもうどこにも行けなくなってしまいます。どうしていいのか、分からないのでオランダに戻って様子を見ます」

 新型コロナ問題で家族が待っている日本にも帰国できなくなったのだ。

 アムステルダムのスキポール空港に到着した。ターミナルは驚くほど静か。乗客は無言で先を急ぐ。出発便のゲートを表示する電光掲示板は7面とも「cancelled」のオンパレード。こんな凄まじい状況は、これまで経験したことがない。動く歩道に乗ると「隣の人と間隔を1.5メートル空けなさい」の表示。乗継カウンター、インフォメーションのカウンターには、すべて透明なビニールカーテンが垂れ下がっている。

■電光掲示板は「cancelled」のオンパレード

 機内サービスにも制限が加わった。ロンドンからのフライトでは搭乗口にサンドイッチと飲み物が置いてあり、乗客が自分で取るようになっていた。キャビンアテンダントとの接触を極力減らすためである。なかなか良いアイデアだと思った。

 ターミナルの2階に大きな地球儀があった。KLMが就航している世界の都市にピンが刺してある。欧州はピン同士の隙間がないほど密集している。地球儀をじっと見続けた。まるで黒いピンが新型コロナが蔓延している地域を表しているように見えてきた……。

 搭乗口には早めに並んだ。重たいカメラ機材があるのでオーバーロッカーが埋まる前にスペースを確保しないと置き場を困ってしまうからだ。 無事に離陸した。日本を出発してからの3週間に多くのことが起き、その対応に追われるばかりだった。アッという間に過ぎ去ったような気もするが、個々の出来事を思い起こすと長くも感じる。

 関西空港に着陸した。出入り用のゲートが繋がれ、乗客が立ち上がって荷物をオーバーロッカーから取り出そうとすると「着席したままで」という機内アナウンスがあった。しばらくすると検疫官のアナウンスが流れてきた。

「そうか、我々は新型コロナの感染国から来たので検疫があるのだ」

 どの国に滞在していたか、などを質問票に記入すると体温測定のサーモグラフィを体に当てられた。それにしても機内でこんな経験をするとは、おそらく一生ないだろう。

 5歳以下の子供連れの乗客から優先して降機した。続いてロンドンから乗り継ぎの乗客が降機。筆者を含めて50名ほどが降りた。ターミナルに入ると列を作り、数人単位で歩みを進めた。着陸してから既に2時間ほどが経過している。

 ちなみにロンドンから搭乗した日本人はPCR検査の対象外。しかしながら筆者の前に並んでいたロンドン在住の日本人女性が、咳や熱がある人のいたセミナーに参加していたので(後に陽性と判明)「PCR検査を受けたい」と表明。ロンドン市内を取材中、咳き込んでいたホームレスと至近距離にいたという状況を付け加え、筆者は検査を受けられることになった。

 インフルエンザの検査と同じだった。細い綿棒のようなものを鼻の穴から気道に突っ込み、粘膜を取って検査する。「検査結果は後から連絡する」とのこと。

 それにしても不思議でしょうがない。機内に乗り込んで来た検疫官は、簡易ながらも防護服(水色の上半身から下半身の一部を覆うもの)を身に着けていた。ところが飛行機を降りる際、扉近くで待機していた係官は制服とマスクだけ。PCR検査を行った係官も、同様に制服とマスクだけ。検査を受けるという事は<新型コロナウィルスに感染している可能性あり>なんだから、待機していた係官もPCR検査官も防護服など着て、万全を期するべきではないのか?

防護服を着ていないPCR検査官

 自家用車を関西空港の長期駐車場に保管していたので公共交通機関を使うことなく、自宅に向かうことができた。ここでも疑問が残る。入国制限のかかる感染対象国からの帰国者は、公共交通機関を使用して帰宅してはいけないことになっている。でも、荷物を受け取って到着ホールを出た乗客が、公共交通機関を使わなかったかどうか、誰も監視していないので疑わしい。

 筆者のPCR検査の結果は陰性だったが、発症期間は<最大2週間後>と言われている。あくまで<検査の2週間前には感染していない>ということに過ぎない。ロンドン市内を取材していた時や飛行機で移動中に感染しなかったという保証はどこにもない。

 帰国した後、自主的に家族と離れて事務所で2週間、隔離生活を送ることにした。その間、食料品調達で外出する場合はマスクと使い捨て手袋を着用して車で移動する。このことを徹底してやった。

 車窓から目に映る景色やニュースで知る<日本人の行動>は今回、取材したブラジルやイギリスよりも、危機意識が弛緩しているとしか思えない。イギリス政府は国家の危機と認識し、テレビでエリザベス女王が国民に向けてスピーチを行い、歴史的な苦境を乗り越えるために<国民の一致団結>を訴えた。

 感染者、死亡者が増大傾向にある日本。今こそ一致団結の時である。=終わり

【連載】コロナ禍のサッカー大国を駆け抜け

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