【特別インタビュー】伊藤守氏「新聞、テレビは五輪の政治利用に批判的な機能を果たせていない」

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伊藤守(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)

 24日に東京パラリンピックが開幕したが、7月23日から17日間にわたり開催された東京五輪では、日本勢のメダルラッシュに沸く中、大手の新聞、テレビの報道はコロナそっちのけで五輪一色に染まった。今回の大手メディアによる五輪報道をどう見ているのか。社会学、メディア・文化研究が専門で、早稲田大学教育・総合科学学術院の伊藤守教授に話を聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 ――8日に閉幕した東京五輪の大手新聞、テレビによる報道をどう見ていますか。

「まず前提として、東京五輪が最初から最後まで政治利用されていることです。その中で、メディアが批判的な機能を果たせていないことを痛切に感じました。2013年に招致が決まる前年の8月、ロンドン五輪で日本史上最多(当時)となる計38個のメダルを獲得し、東京・銀座で凱旋パレードを行った。約50万人(主催者側から80万との発表もある)が参加したといわれているが、政府による東京五輪の政治利用はこの時点から始まっていたと考えています」

■政府の「情動喚起」を手助け

 ――11年には東日本大震災や福島第1原発事故が起きました。

「私はコロナに関係なく、東京五輪はやるべきではなかったと考えています。招致活動の際、当時の安倍首相は福島第1原発について、『状況はコントロールされている』という現実を無視した発言をし、五輪が開催されれば日本人選手のメダル獲得や銀座パレードのようなイベントで高揚感を味わえるだろうと、未来の願望を先取りする形で国民の『情動』を喚起させようとしてきた。『情動』とは、喜びや怒りといった『感情』を意識する前の、体の高ぶりのことです。

 例えば、サッカーでゴールが決まった瞬間、ワーッと無意識に体が反応してしまいますよね。血が上ったり、心拍が上がったりしたその数秒後に、うれしいとか、悲しいという感情を意識する。私も含めて多くの人々がパレードの映像を見て、『日本はよく頑張った』と体が熱くなる。これが典型的な例です。国民の情動をコントロールすることで、政府は政権維持や支持率を向上させようとしたわけです。メディアがこの一連の政治的過程に巻き込まれていることをどれだけ意識していたのか疑問ですね」

 ――そんな中、朝日、読売といった大手紙は五輪スポンサーになりました。

「米ニューヨーク・タイムズや英ガーディアンがスポンサーになることはあり得ないわけです。NHKはスポンサーではないが、渋谷のストリートを貸し切り、五輪招致あるいは五輪に対する国民の関心を高めようという流れの中で、率先して『五輪組織委の公認イベント』を開催した。これも海外の公共放送では考えられない。日本では1964年東京五輪を体験している世代の多くが、当時の高度成長に入る高揚感を感じ、五輪は平和かつスポーツの最大の祭典だと信じて疑わなかった。

 その『オリンピック神話』が今でも続いている。この『神話』が五輪の政治利用という問題にきちんと批判を加えることができない状況をつくり出している。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が『ぼったくり男爵』と評されたように、IOCがいびつな組織だと認識されてきたにもかかわらず、そこに十分に目を向けないまま、五輪報道を積み重ねている、このことが一番の問題です」

 ――朝日新聞は五輪開催前に社説で大会中止を訴えましたが、スポンサーを降りませんでした。

「大手の新聞社がオフィシャルスポンサーとして手を挙げたことに対する反省がない限り、これからも同じことを繰り返すでしょう。新聞やテレビが大きなイベントを報じないわけにはいかないし、経営的な問題から手を挙げないわけにはいかないことも確かです。開催国ということもあり、テレビは朝から夜までずっと放送し続けた。しかし、コロナ禍に関して政府は都道府県をまたぐなと言っておいて、国境をまたぐのはいいのか、国民の命を守るより国策が大事なのか、メディアは筋の通った見識を示すべきでした」

データなどの判断材料を提示できない

 ――大手メディアは経営的にも五輪を開催してもらわないと困ります。

「昨年、コロナによる五輪の1年延期が決まって以降の5~9月ごろのスポーツニュース番組では一部人気競技のメダル候補であるアスリートの声が数多く報道されました。アスリートには何の罪もないわけですが、テレビはずっと、『延期で大変だけど、何とか調整してやっていきたい』という声を報道し続けた。一方で海外の報道を見ると海外の現役選手やOB、OGの中には中止を主張する選手の声も紹介されました。『中止』『開催』という異なる意見がちゃんと報道される。

 だが、日本ではそうならない。そのひとつの象徴が競泳池江璃花子選手です。ネット上で批判を浴びたことは残念ですが……。彼女のようなアスリートが前面に出てくれば、『開催させてあげたい』と思うし、大会期間中も『開催していただき、活躍の場を与えてくれて感謝します』と言われたら、五輪に反対の人たちもグッとくるものがある。その意味でアスリートは人々の情動を左右するという大きな力を発揮したと言えます。大手メディアの世論調査では大会前は『中止』『延期』が約80%でした。

 しかし、開催直後は『やってよかった』という声が60%を超えたという調査もある。この数字もコロナ感染の拡大と医療崩壊という現実の前で、すぐ低下すると思いますが……。スポーツの力はとても大きいということです。ただ、メディアがアスリートの『開催への期待』の声を報じ続けたことで、結果的に、アスリートを政治過程に組み込むことになった、その点を看過してはならないと思います」

 ――新聞、テレビは政府や五輪に迎合するばかりです。

「先に述べたIOCという組織の問題も含め、五輪開催における本質的な問題はなにか。この問題に関する国内外の研究が蓄積され、各国で『五輪反対』の運動も高まっている。しかし、日本のメディアはそうした動きに目をつぶり、記者自身による丹念な取材記事を報道することよりも、海外メディアの報道を引用したり、『賛成』『反対』を主張する識者と言われる人たちの声を流すことで済ましている。学生などの若い世代も含め、多くの市民は、五輪開催に『賛成』か『反対』かといったメディア側の意見を求めているわけではなく、自分たちでそれが判断できるような『ファクト』や『データ』を求めているのです」

 ――特にコロナ禍で1年延期になってからは、コロナによる危険をあおる一方で、追加費用に関する追及など、五輪開催に不都合なことには目を背けてきました。

「メディアに求められるのは、丹念な取材やさまざまなデータに基づく、判断材料の提示です。開催のためのコロナ対策に要した費用を含め、きちんとした事実、データを入手し、報じることが重要で、それが十分できていない。すでに開催費用は計算し終えているはずだし、研究者も独自に算出し、論文として公表している。情動や感情に基づく行動には、他人への誹謗中傷に加担するようなマイナス面もありますが、情動は知性によって鍛えられることもある。メディアが理性的な判断をアフォード(担保)する材料を提示してくれた時に、我々の情動の発動の向きや内実は変わっていくのです。メディアがそういう働きをこれまで以上に担ってくれることを切に願っています」

(聞き手=藤本幸宏/日刊ゲンダイ)

▽伊藤守(いとう・まもる) 1954年、山形県生まれ。著書は「ポストメディア・セオリーズ メディア研究の新展開」(編著=ミネルヴァ書房)、「情動の社会学 ポストメディア時代における“ミクロ知覚”の探求」(青土社)、「情動の権力 メディアと共振する身体」(せりか書房)、「ドキュメント テレビは原発事故をどう伝えたのか」(平凡社)など多数。 

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