私の友人のカメラマンは長嶋茂雄さんの引退時、「これで日本が終わる」と泣いていた
“燃える男”、“ミスター”の愛称で国民的人気を誇ったプロ野球元巨人監督の長嶋茂雄さんが6月3日、都内の病院で肺炎のために亡くなった。享年89。選手、監督として数々の伝説、逸話を残した「ミスタープロ野球」は、身近に接した者だけではなく、ファンにまでそれぞれの「長嶋茂雄像」を強く印象づけている。
今回は日刊ゲンダイ特別号「追悼 長嶋茂雄 50人の証言」に収録されたイラストレーターの沢野ひとし氏による回顧録を特別公開する。
◇ ◇ ◇
私は野球に全く関心がない。小学生のときに野原でキャッチボールをしたぐらいで、高校生になってからは山登りに夢中になって奥多摩を歩いていた。
大人になってからも、居酒屋のテレビがナイターを中継していても、テレビを見ることはなかった。飲み屋は酒だけあれば十分、と冷淡であった。
友人のカメラマンが熱狂的な巨人軍のファンで、長嶋が活躍した次の日はスポーツ新聞を何部も握り締めて、極めて機嫌が良い。負けた日は背中を丸めて目がうつろであった。そして「日本の景気が悪いのは」とまるで巨人が負けたからだという論を張るのであった。