野村監督は「大いに結構」「必ず振れ」…“三振恐怖症”で錆びついた意識を根本から変えてくれた
「いくらでも三振してこい」
2006年、野村克也監督に言われた言葉に衝撃を受けた。
中日時代、星野仙一監督には「三振するな」と言われ続けてきた。三振してベンチに帰ってくれば怒声を浴び、ある時は罰金も取られた。三振が続くと使ってくれなくなることもあった。
見事な「三振恐怖症」となった自分に、野村監督は「三振、大いに結構」とキッパリ。「三振もライナーも1アウトには変わりない。もっと割り切れ」と言ったから驚いた。
「基本的にはおまえの好きにやってええ。おまえに任せる。ただ、自己責任や。ダメなら腹をくくれ。打席で出た結果の根拠を考えるんや」
その打席、なぜそのカウントでその球を打ったのか。何を考えてその結論に至ったのか。結果よりもプロセスを重視した。
三振してベンチに戻ると、野村監督はニヤリと笑みを浮かべてこう言ってきた。
「ヤマが外れたか。また次やな。でも見逃し(三振)だけはするなよ。必ずバットを振って帰ってこい」
「ヤマを張る」というと、ID野球とはかけ離れた考えに思えるが、要は自分が準備してきた「分析が外れた」ということを意味する。
極論、バッティングは確率の勝負。その確率を上げるための材料であるデータ、投手の雰囲気、投球時の癖を自分なりに集めて分析する。そのうえで球種を絞って勝負に勝てる根拠を見つけ出せということ。もちろん、思惑と違うボールが来ることもしょっちゅうあるが、「それはそれで仕方ない」と割り切ることも大事だと気付かされた。
野村監督が就任する05年まで、プロ19年間で100三振はゼロ。06年には116三振、07年には142三振と激増したが、43本塁打、108打点で2冠を取った。
「3割3分打つバッターは、『ノムラの考え』でも3割5分にはならん。でも、2割5分のバッターは俺の考えで2割8分まで上がる」
野村監督はよくそう言っていた。打率を3分上げることは簡単じゃない。ただ、「考えて野球をやっていないから2割5分になってしまうんだ」と。実際、
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