著者のコラム一覧
佐々木寛

1966年生まれ。専門は、平和研究、現代政治理論。著書(共著)に「市民社会論」「『3・11』後の平和学」「地方自治体の安全保障」など多数。現在、約900キロワットの市民発電所を運営する「おらってにいがた市民エネルギー協議会」代表理事、参院選新潟選挙区で野党統一候補を勝利に導いた「市民連合@新潟」の共同代表。

「坂を下る」という新しい希望の道程

公開日: 更新日:

「下り坂をそろそろと下る」平田オリザ著(講談社 760円+税)

 私たちはいつまで「坂の上の雲」を追いかけ続けるのだろうか。本書が投げかける問いは根源的である。そもそも日本はもうアジア唯一の先進国ではなく、かつてのような成長などありえない。現政権がうたう「成長戦略」も、実はその場しのぎのむなしい掛け声にすぎない。この国がまさに「坂を下る」プロセスの中にあるということは、本当はもう誰もが気づきつつある「現実」である。

 こんな聞きたくもない事柄をなぜわざわざ取り上げるのか。「自虐的」ではないか。しかし本書は、「下る」という新しい希望の道程を指し示す。まずは、虚勢を張ったり、ごまかしたりしないこと。自分の衰えや寂しさを正直に見つめ直し、その「現実」から再出発すること。そこから、「勝てないまでも負けない」強靱なリアリズムが生み出される。

 競争し、勝ち残ることだけを考えるメンタリティーからは、えてして差別や排除の病理が生まれる。しかし、自らの弱さや寂しさの根源を見つめる心の習慣からは、他者への寛容や助け合いの契機が生まれる。本書のメッセージはシンプルだ。もうこの国の「不敗神話」は終わった。しかしだからこそ、世界と助け合っていくという、次の新しい生き方を模索することができる。

 本書によれば、この来るべき「新しい日本」を導くのは、他でもなく「人と共に生きるためのセンス」、すなわちコミュニケーション能力としての文化である。少子化問題も格差問題も、実はそれを解くカギは文化にある。記憶力や偏差値ではなく「生きる知恵」や共同性を重視した新しい教育実践、利益や地縁ではなく「関心」で結びつく緩やかなコミュニティー、「文化の自己決定能力」と「ソフトの地産地消」によって再生する新しい地方の姿。本書が提起する数々の文化戦略=社会変革は、そのどれもが著者の経験に裏打ちされた説得力をもつ。「時代の坂を下る」新たな旅路は、けっして暗くはない。新しいリアリズムと希望の始まりである。

【連載】希望の政治学読本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    農水省「おこめ券」説明会のトンデモ全容 所管外の問い合わせに官僚疲弊、鈴木農相は逃げの一手

  2. 2

    早瀬ノエルに鎮西寿々歌が相次ぎダウン…FRUITS ZIPPERも迎えてしまった超多忙アイドルの“通過儀礼”

  3. 3

    2025年ドラマベスト3 「人生の時間」の使い方を問いかけるこの3作

  4. 4

    武田鉄矢「水戸黄門」が7年ぶり2時間SPで復活! 一行が目指すは輪島・金沢

  5. 5

    松任谷由実が矢沢永吉に学んだ“桁違いの金持ち”哲学…「恋人がサンタクロース」発売前年の出来事

  1. 6

    大炎上中の維新「国保逃れ」を猪瀬直樹議員まさかの“絶賛” 政界関係者が激怒!

  2. 7

    池松壮亮&河合優実「業界一多忙カップル」ついにゴールインへ…交際発覚から2年半で“唯一の不安”も払拭か

  3. 8

    維新の「終わりの始まり」…自民批判できず党勢拡大も困難で薄れる存在意義 吉村&藤田の二頭政治いつまで?

  4. 9

    日本相撲協会・八角理事長に聞く 貴景勝はなぜ横綱になれない? 貴乃花の元弟子だから?

  5. 10

    SKY-HI「未成年アイドルを深夜に呼び出し」報道の波紋 “芸能界を健全に”の崇高理念が完全ブーメラン