著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「月まで三キロ」伊与原新著

公開日: 更新日:

 月は1年間に3.8センチずつ地球から離れているんだそうだ。3.8センチなんてたいしたものではないと思うところだが、積もり積もるとばかにはできない。いま月までの距離は38万キロだが、40億年より前の距離はいまの半分以下。つまりそれだけ離れたことになる。だから太古の月は地球から見ると、いまの6倍以上も大きかった。

 という話を教えてくれたのは、タクシーの運転手だ。事業に失敗し、妻と離婚し、故郷に帰ったら母が亡くなり、そのまま父の看護に追われる日々が続き、これでは倒れると、田んぼも家も全部売って、父をその金で老人ホームに入れ、残ったわずかな現金だけを持って故郷をあとにした49歳の語り手が、自殺を考えて乗ったタクシーの運転手だ。「知ってました?」と彼が教えてくれた。

 タクシーの運転手がなぜそんなことを知っているのかは、本書を読まれたい。自殺を考えていた語り手がその後どうなるのかも、ここには書かないでおく。

 本書は6編を収録した作品集だが、この表題作と、食堂にやって来る女性客が宇宙人だと信じる小学生を描く「エイリアンの食堂」が強い印象を残す。それは、中年男の再生と、少女の未来を、自然科学によって際立たせるという本書の特殊な手法が新鮮だからである。

 手垢のついた素材をこれまでとは違う角度から照射することで新鮮なものに変貌させてしまう「魔法」が、ここにある。

 (新潮社 1600円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  2. 2

    阪神・佐藤輝明にライバル球団は戦々恐々…甲子園でのGG初受賞にこれだけの価値

  3. 3

    FNS歌謡祭“アイドルフェス化”の是非…FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE登場も「特別感」はナゼなくなった?

  4. 4

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  5. 5

    新米売れず、ささやかれる年末の米価暴落…コメ卸最大手トップが異例言及の波紋

  1. 6

    兵庫県・斎藤元彦知事らを待ち受ける検察審の壁…嫌疑不十分で不起訴も「一件落着」にはまだ早い

  2. 7

    カズレーザーは埼玉県立熊谷高校、二階堂ふみは都立八潮高校からそれぞれ同志社と慶応に進学

  3. 8

    日本の刑事裁判では被告人の尊厳が守られていない

  4. 9

    1試合で「勝利」と「セーブ」を同時達成 プロ野球でたった1度きり、永遠に破られない怪記録

  5. 10

    加速する「黒字リストラ」…早期・希望退職6年ぶり高水準、人手不足でも関係なし