著者のコラム一覧
北尾トロノンフィクション作家

1958年、福岡市生まれ。2010年にノンフィクション専門誌「季刊レポ」を創刊、15年まで編集長を務める。また移住した長野県松本市で狩猟免許を取得。猟師としても活動中。著書に「裁判長! ここは懲役4年でどうすか 」「いきどまり鉄道の旅」「猟師になりたい!」など多数。

「志ん生の食卓」美濃部美津子著

公開日: 更新日:

 昭和落語会を代表する名人・古今亭志ん生。生粋の江戸っ子だった明治23(1890)年生まれの志ん生は、どのような飲み方や食べ方をしていたのか。もっとも近くでそれを見ていた長女が語る素顔とはいかに。

 出だしは味の好み。納豆好きで豆腐好き、後は味噌豆など、判で押したように同じものばかり食べていたという。
<冒険心てのもありゃしないのよ。見たこともない料理を出そうものなら、「何だ、こりゃ。俺ぁいい」って言いだすに決まってますから>

 魚はマグロ一辺倒で、中トロのブツ切りを肴に飲み、締めは茶漬けにしたそうだ。寿司は握りより、ちらし。馴染みの店で頼む特注ちらしは、半分が中トロ、残りが煮アナゴだったが、せっかちなので、1個ずつ食べるのを面倒がったんじゃないかと推測する。

 志ん生といえば大酒飲みのイメージで、双葉山と飲み比べをしたり、脳出血で生死の境をさまよった揚げ句、目が覚めた途端に「酒くれ」と言った逸話が有名だ。でも、著者から見た父の実像は、酒は好きだが大酒飲みとは思わないというもの。家では「菊正宗」の冷酒を1、2杯しか飲まなかったらしい。もっとも、売れっ子になるまでは貧乏で、優雅に晩酌どころではなかったのだろうが。

 とまあ、ファンにはたまらない逸話ばかりだが、本書の読みどころは他にもある。貧乏時代にもそれを苦にすることなく、大黒柱である志ん生をもり立てていく、つつましやかでたくましい家族の暮らしぶりだ。食糧難だった戦中戦後を振り返るきっぷの良さときたら……。
<生まれたときからずっと貧乏暮らししてたじゃない。そんときと食生活はたいして変わんないのよ>

 巻末には志ん生十八番の「替り目」を収録。読了後、カミさんに酒をねだる酔っぱらい男が、志ん生そのものに思えてくる。(新潮社 590円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  2. 2

    巨人・桑田二軍監督の電撃退団は“事実上のクビ”…真相は「優勝したのに国際部への異動を打診されていた」

  3. 3

    クマ駆除を1カ月以上拒否…地元猟友会を激怒させた北海道積丹町議会副議長の「トンデモ発言」

  4. 4

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  5. 5

    クマ駆除の過酷な実態…運搬や解体もハンター任せ、重すぎる負担で現場疲弊、秋田県は自衛隊に支援要請

  1. 6

    露天風呂清掃中の男性を襲ったのは人間の味を覚えた“人食いクマ”…10月だけで6人犠牲、災害級の緊急事態

  2. 7

    高市自民が維新の“連立離脱”封じ…政策進捗管理「与党実務者協議体」設置のウラと本音

  3. 8

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 9

    恥辱まみれの高市外交… 「ノーベル平和賞推薦」でのトランプ媚びはアベ手法そのもの

  5. 10

    引退の巨人・長野久義 悪評ゼロの「気配り伝説」…驚きの証言が球界関係者から続々