構想30年、幾多の挫折を経てついに完成

公開日: 更新日:

「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

 世界的に古典として知られるのに、専門家以外、最後まで読み通した読者がほとんどいない二大小説。答えはダンテの「神曲」とセルバンテスの「ドン・キホーテ」なのだそうだが、その映画化に挑んで構想30年。幾多の挫折を経て完成したのが先週末封切りの「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」である。

 前回はジョニー・デップらを擁してクランクインしながらトラブルと資金切れで頓挫し、さらにいろいろあって苦節17年。やっと完成した本作は予想以上にしみじみと心に迫る出来になった。かつてもくろんだであろう破天荒さと引き換えに、夢を追って正気との境を見失うドン・キホーテに、ギリアムの自己像がより深く投影されているのだ。

 もともとセルバンテスの原作は「虚構のお話を語る」ことを意識して書かれた最初の近代小説。それまで人間は神話であれ「虚実の境」など意識しなかった。いや、その必要がなかったのである。

 ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」はこの「最初の近代小説」を逆手にとった奇想の知的短編だ。同作を収めた「伝奇集」(岩波書店 780円+税)は確か最初のボルヘスの邦訳だったと記憶する。訳者は鼓直氏だが、個人的にはその前に集英社の世界文学全集に入った篠田一士訳も推したい。

 それにしても、と完成した映画を見ながら改めて思う。いま世界は明らかに虚実の境を見失い、ギリアムが映画化を構想した80年代末よりもずっと深い迷妄のなかを漂っている。だからこそ、だろうか。異端児ギリアムのイメージとは裏腹に、映画はどこか物悲しい気品まで感じさせる。ロケ地となった南欧の風景と画面の色彩設計の見事さも特筆すべきもの。幾度もの主役交代を経たドン・キホーテ役のジョナサン・プライスの飄逸もうれしい。

 <生井英考>

【連載】シネマの本棚

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志氏はパチプロ時代の正義感どこへ…兵庫県知事選を巡る公選法違反疑惑で“キワモノ”扱い

  2. 2

    タラレバ吉高の髪型人気で…“永野ヘア女子”急増の珍現象

  3. 3

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  4. 4

    中山美穂さんの死を悼む声続々…ワインをこよなく愛し培われた“酒人脈” 隣席パーティーに“飛び入り参加”も

  5. 5

    《#兵庫県恥ずかしい》斎藤元彦知事を巡り地方議員らが出しゃばり…本人不在の"暴走"に県民うんざり

  1. 6

    シーズン中“2度目の現役ドラフト”実施に現実味…トライアウトは形骸化し今年限りで廃止案

  2. 7

    兵庫県・斎藤元彦知事を待つ12.25百条委…「パー券押し売り」疑惑と「情報漏洩」問題でいよいよ窮地に

  3. 8

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 9

    大量にスタッフ辞め…長渕剛「10万人富士山ライブ」の後始末

  5. 10

    立花孝志氏の立件あるか?兵庫県知事選での斎藤元彦氏応援は「公選法違反の恐れアリ」と総務相答弁