冨士本由紀(作家)

公開日: 更新日:

8月×日 コロナウイルス禍以前の私は、暇さえあれば、書店にぶらりと寄ってのんびり書籍を物色する、というのが何よりの楽しみでした。ですが、今や状況がまったく変わりました。喘息持ちの私は、極力外出を控え、本を買うのもネットに頼る生活です。元通りの日常は、一体、いつ戻ってくるのでしょう。それとも、もう“元通り”というような生活は戻ってこないのでしょうか。

「人々は日常に戻りたいと望み、自分にはその権利があると感じている。日常が不意に、僕たちの所有する財産のうちでもっとも神聖なものと化したわけだが、これまで僕らはそこまで日常を大切にしてこなかったし、冷静に考えてみればそのなんたるかもよく知らない」

コロナの時代の僕ら」(飯田亮介訳 早川書房 1300円+税)という本の中に、こんな一文を見つけました。

 この本は、素粒子物理学を専攻したイタリア人作家、パオロ・ジョルダーノによるコロナ禍考です。ウイルスの広がりを指数関数やビリヤードのメカニズムに例えるなど、理系脳の視点と分析力で理路整然と、読み手を迷わせることなく案内してくれます。そう、しいて言えば、思考の案内係のような本。タイトルのイメージ通り、とても読みやすかったです。

 文体もセンスもとても若々しく感じられたのは、翻訳者のセンスもあるのでしょうか。それとも単に私がオバサンだからでしょうか。ジョルダーノは、コロナそのものを恐れているわけではありません。この体験をどう捉え、未来に向かって、どう生かしていくかにこだわっています。なんといってもそこが健やかです。

 コロナウイルスそのものを、ダイレクトに、ただ一心不乱に恐れてしまうのが、私のような加齢脳の持ち主。いえいえ、実年齢ばかりではありません、思考にも、若々しい思考と、そうではない思考、あるいは志向が、あるのかもしれません。

 今ある日常の貴重さをより自覚し、未来を信じて今日を生きる勇気の必要を、学んだ1冊です。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?