著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「羊は安らかに草を食み」宇佐美まこと著

公開日: 更新日:

 ただいま絶好調の宇佐美まことの新刊だ。今回もたっぷりと読ませる。

 二十数年前に俳句教室で知り合った益江86歳、アイ80歳、富士子77歳の3人は、これまで何度も3人旅をしてきた。これは、その3人が「最後の旅」に出る話だ。

 益江86歳の認知症の症状が少しずつ進行しているので、脚が丈夫なうちに、益江を連れて彼女がかつて暮らした町をまわろうというわけである。たぶん3人揃っての旅はこれが最後になるだろう。というわけで、滋賀県大津市、愛媛県松山市、そして長崎県を訪問することになる。つまり、老女3人のロードノベルだ。

 ここまでは、まあ、こう言ってよければ、普通の展開といっていい。いや、益江がそれらの町で若き日にどんな日々を送っていたのか、そのディテールを書き込めば、それなりに感動的な話は出来上がる。しかし、宇佐美まことがそんな普通の小説を書くわけがない。時間線を遡る旅は、もっと激しく遡るのだ。この予想外の展開がいい。

 なんと益江の少女時代に遡るのである。彼女が満州で終戦を迎えたときは10歳。たった1人で混乱の大陸を生きる少女の話がここから始まっていくのだ。これがすごい。

 特に、泥棒市や人買い市場が立つハルビンでたくましく生き抜く11歳の日々が鮮やかだ。過酷な状況にも負けない少女の姿を読むだけで元気が出てくる。これはそういう小説だ。 (祥伝社 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    テレビでは流れないが…埼玉県八潮市陥没事故 74歳ドライバーの日常と素顔と家庭

  2. 2

    ロッテ吉井監督が佐々木朗希、ローテ再編構想を語る「今となっては彼に思うところはないけども…」

  3. 3

    【独自】フジテレビ“セクハラ横行”のヤバイ実態が社内調査で判明…「性的関係迫る」16%

  4. 4

    人事局付に異動して2週間…中居正広問題の“キーマン”フジテレビ元編成幹部A氏は今どこで何を?

  5. 5

    【埼玉・八潮市道路陥没「2次被害」現場ルポ】発生2週間、水は濁り死んだ魚が…下水放流地で見た河川の異変

  1. 6

    TV復帰がなくなった松本人志 “出演休止中”番組の運命は…終了しそうなのは3つか?

  2. 7

    "日枝案件"木村拓哉主演「教場 劇場版」どうなる? 演者もロケ地も難航中でも"鶴の一声"でGo!

  3. 8

    中居正広氏&フジテレビ問題で残された疑問…文春記事に登場する「別の男性タレント」は誰なのか?

  4. 9

    20代女子の「ホテル暮らし」1年間の支出報告…賃貸の家賃と比較してどうなった?

  5. 10

    ビートたけし「俺なんか悪いことばっかりしたけど…」 松本人志&中居正広に語っていた自身の“引き際”