北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「高瀬庄左衛門御留書」砂原浩太朗著

公開日: 更新日:

 読み始めたら、やめられない時代小説の傑作である。まず、中身の前に外側からいく。装丁がいいのだ。静かな雰囲気がゆっくりと立ち上がってくる装丁といっていい。読み終えて本を閉じると、このカバーをなでたくなるほど情感を伝えてくる。

 中身も素晴らしい。一見、静かだ。隠居間近の男が主人公である。妻を亡くし、息子を事故で亡くし、趣味の絵を描くだけの日々だ。暮らしも豊かではない。息子の職禄と合わせても50石相当の身代で、さらに半ばは藩に借り上げられている。絵に色をつけたくても高価なものは買えないので墨一色にしているほど。そういう男の日々が描かれるわけだから、静かな物語になるのは当然だろう。

 回想がどんどん挿入されていく。庄左衛門の息子・啓一郎は、藩校の将来の総帥を決める試験に次席で敗退。結局は、領内を歩き回って収穫を調べる仕事についた。親子揃っての郡方づとめである。そして事故死。庄左衛門も若き日に、道場の後継者を決める争いに負けた人間だから、笑顔を見せない息子の悔しさが理解できるのだが、その息子にもう語りかける術もない。

 そういう静かな老後の日々がずっと続くのかと思っていると、いつの間にか不穏な空気が満ちてきて、激しい物語に転化する。この静から動への変化が素晴らしい。脇役たちの造形が見事であることも付け加えておく。年初早々の傑作だ。

(講談社 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    宮城野部屋「永久閉鎖」コースを匂わす元横綱・白鵬、弟子もろとも浅香山部屋への移籍案

    宮城野部屋「永久閉鎖」コースを匂わす元横綱・白鵬、弟子もろとも浅香山部屋への移籍案

  2. 2
    志村けんさん女性関係も堂々と…放送されなかった交際相手

    志村けんさん女性関係も堂々と…放送されなかった交際相手

  3. 3
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  4. 4
    松本人志が裁判の前に問われているのは“遊び方の質”だ…北野武は「せこいよ」とバッサリ

    松本人志が裁判の前に問われているのは“遊び方の質”だ…北野武は「せこいよ」とバッサリ

  5. 5
    「白鵬米」プロデュースめぐる告発文書を入手!暴行に土下座強要、金銭まで要求の一部始終

    「白鵬米」プロデュースめぐる告発文書を入手!暴行に土下座強要、金銭まで要求の一部始終

  1. 6
    大谷翔平は野球だけでなく“新妻の隠し方”も超うまかった 結婚は引退後…の予想を見事に裏切る

    大谷翔平は野球だけでなく“新妻の隠し方”も超うまかった 結婚は引退後…の予想を見事に裏切る

  2. 7
    志村けんさん急逝から4年で死後トラブルなし…松本人志と比較される女性関係とカネ払い

    志村けんさん急逝から4年で死後トラブルなし…松本人志と比較される女性関係とカネ払い

  3. 8
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9
    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ

    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ

  5. 10
    頬ゲッソリで覇気なし 相撲解説の貴乃花親方“異相”が話題

    頬ゲッソリで覇気なし 相撲解説の貴乃花親方“異相”が話題