時代の「正義」に生きた男たち 最新時代小説

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「夜叉の都」伊東潤著

 人はみな時代の制約の中で生きる。戦乱の世には戦乱の世の、維新の世には維新の世の「正義」がある。時代の「正義」の中で生きた人たちの人生に触れてみよう。



 頼朝が鎌倉に都を開いた時、目の前にあったのはただの寂しい漁村だった。だが、頼朝はその地を「武士の府」に変えた。頼朝の死後、頼朝と政子の長子、頼家が2代将軍の座に就く。貧弱な兵力しか持たない政子の父、北条時政らは頼家が側近を重用するのを阻止するため、「十三人の合議制」を発足させる。

 しかし、将軍の威光を振りかざす頼家は他の武将の愛妾に懸想し、強引に拉致するなど、粗暴な振る舞いが収まらず、御家人たちの反感を買っている。北条義時は、頼家とその妻、若狭の局の実家である比企一族が権力を握ることを恐れ、政子に迫った。

「姉上には修羅にでも夜叉にでもなっていただかねばなりません」

 頼朝が築いた「武士の府」を守るため、我が子を切り捨てる決断を強いられた北条政子の苦悩を描く歴史小説。

(文藝春秋 2200円)

「脇坂安治」近衛龍春著

 脇坂安治は1554年、浅井氏の領内、近江国浅井郡脇坂に生まれた。仕えていた浅井氏が信長に滅ぼされたため、羽柴秀吉に仕えることに。賤ケ岳の戦いの時、徒で馬に乗った敵と戦い、十文字鑓で敵将の首を取って「賤ケ岳七本鑓」のひとりとして名を上げた。その後も秀吉に命じられて水軍を編成したり、小田原攻めに従軍したりと奮闘する。

 秀吉の死後、石田三成に請われて西軍に加わり、関ケ原の戦いに参戦。だが、三成の采配に味方の軍が従わないことに不安を覚える。東軍が内応している小早川軍に大砲で脅しをかけると、小早川軍は寝返って西軍の大谷吉継を襲撃。それを見て脇坂は決断する。

「儂は最初から東軍の脇坂甚内安治じゃ。我と思う者はかかってまいれ!」

 裏切りや陰謀が渦巻く戦国時代を生き抜いた武将の生きざまを描く。

(実業之日本社 1760円)

「采女の怨霊」高田崇史著

 東京でフリーの編集者をしている橙子は、仕事で京都に出向いた際、駅のポスターで奈良・春日大社の「采女祭」を知り、帰京時間を遅らせ、見学に行く。

 毎年、中秋の名月に開催される「采女祭」は、猿沢池に背を向け鎮座する春日大社の末社「采女神社」の例祭だ。宮廷に差し出された、地方豪族の娘で容姿端麗な美人(采女)のひとりが、帝の寵愛を受けたものの、再びの召し出しが途切れたことを嘆いて池に身投げし、それを弔った──との伝説がある。優雅な祭りではあったが、橙子は途中から妙な違和感を抱く。なぜ貢物である采女の鎮魂のために管絃船を出すのか、采女の正体は一体──。

 大学助手で、藤原氏を調査中の堀越とともに、橙子は奈良から大津の寺社を巡る中、思いがけず恩師から「壬申の乱と采女祭は本質的に同じ」とヒントがもたらされる。

 書き下ろし長編歴史解明ミステリー。

(新潮社 1595円)

「御坊日々」畠中恵著

 明治も20年になった頃、相場師の冬伯が住職を務める東春寺に、料理屋八仙花の女将、咲がやってきた。檀家ではないのだが、亭主が冬伯の相場師仲間なのだ。八仙花は色ガラスの窓があるモダンな造りで人気だが、その色ガラスの窓のあたりに幽霊が出るようになった。店を建て替えたい息子と嫁が、幽霊を客に見せたとおかみは言う。世の中が変わり続けるので、10年後、20年後の建て替えを考えるより、息子は今を乗り切りたいらしい。

 女将は、自分の力ではどうにもならない、亭主が相場で失敗したのは冬伯のせいだから責任を取って助けてほしいと。

 そこで冬伯は、店で百物語や妖怪の話をする怪談の会を開いて、幽霊宿にしてはどうかと提案する。

 檀家から持ち込まれる奇妙な相談に応える型破りな住職の物語。

(朝日新聞出版 1540円)

「北斗の邦へ翔べ」谷津矢車著

 松前家中の春山伸輔は、慶応4年の松前の政変で蟄居、閉門にあった武家の息子だ。明治元年11月、箱館東関門守備隊の増援部隊に加われとの藩命を受けて箱館にやってきた。

 ところが居酒屋の客に、松前城が榎本武揚の軍に攻められて陥落、藩主らは青森に逃げたことを教えられる。伸輔らは箱館府の元役人らが結成した遊軍隊と合流し、榎本軍と戦うつもりだったのだ。

 一方、元新撰組の土方歳三は、蝦夷地に今は亡き盟友、近藤勇と夢見た独立国をつくり、徳川家の生き残りを図ろうとしていた。箱館府は人材不足に悩まされていたが、とにかく走り出さねばならない。ある日、薬売りを装った土方は、居酒屋で博徒に絡まれていた武家の少年を助ける。それは伸輔だった。

 相反する立場の2人の人物の運命的な出会いを描く。

(角川春樹事務所 1870円)

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