文庫で読む最新アンソロジー特集

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「惑(まどう)」アミの会(仮)著

 あと2週間で待ちに待ったゴールデンウイークが始まるが、去年に引き続き、今年もコロナは収まらず、おまけに戦争の行く末も見えず、行楽を心から楽しめそうにない。そんなときは、お家で読書だ。今週は「ビュッフェ」のように、さまざまなテイストの小説が楽しめるアンソロジーを紹介する。



 休日、幼い娘と絵本を読んでいた昌幸は、ふと8カ月前に長野の工務店に出向した同期の管野のことを思い出す。管野は、2人が勤務する不動産会社でエリートコースを歩んでいた。しかし、2年前、ウイルスが仕込まれたメールを安易に開封してしまい、社内外に甚大な被害を及ぼし、昇進の道を閉ざされ、ついには出向を命じられた。

 思い出すと、管野は重大なミスを犯したにもかかわらずなぜかへらへらしていた。さらに異動の際にもさばさばした様子だった。当時はそんな管野に憤慨した昌幸だが、もしかしたらミスは巧妙に仕組まれた罠か、もしくは管野が誰かをかばって罪をかぶっているのかも知れないと思い始める。そういえば以前、管野が交際中の恋人がいることをほのめかしたことがあった。もしかしたら社内恋愛のその相手をかばっているのかも知れない。(大崎梢著「かもしれない」)

 女性作家集団と今野敏ら豪華ゲストが「惑う」をテーマに描く作品集。

(実業之日本社 836円)

「魍魎回廊」小野不由美ほか著

 麻里は、婚約者の卓哉とよく訪れた地元の水族館に今日も足を運ぶ。4カ月前に麻里の目の前で卓哉が事故を起こし、2人でこの場所にくることはもう永遠にこない。卓哉の親友で水族館の職員・亮の姿を見かけるが、声をかけられない。実業家一家の末っ子に生まれた卓哉は、亮の父親が営む自動車修理工場に小学生の頃から入り浸っていた。車好きな卓哉は、ことあるごとに「いいなあ、亮は」と心から羨ましがっていた。

 あの事故の日、遠方での仕事が中止になった卓哉に呼び出され、結婚式場に打ち合わせに行くことになった。しかし、待ち合わせ場所に到着した卓哉の車が突然の雨に視界を遮られ暴走し事故を起こしたのだ。水族館を回っていた麻里は、学外授業で水族館に来た小学生たちに説明する飼育員の話を耳にし、卓哉の事故の真相に気づく。(宇佐美まこと著「水族」)

 京極夏彦や高橋克彦らホラー界の名手7人が競演するミステリー集。

(朝日新聞出版 935円)

「読んで旅する鎌倉時代」高田崇史ほか著

 大河ドラマで注目の鎌倉幕府ゆかりの伊豆・湘南の各地を舞台に描く短編時代小説集。

 安元元(1175)年、政子は妹から、不思議な夢を見たと打ち明けられる。夢の中で山を登っていた彼女のたもとにふたつの異なる光の塊が入りこんで消えたという。どうやら月と日らしい。そして、たどりついた山頂で実をつけた橘を見つけ、思わず手折ったというのだ。

 政子の脳裏に、古の帝が橘の実を妻に食べさせ、世継ぎが生まれたという故事が蘇る。政子はその夢は恐ろしい夢だから売るべきだと、何も知らぬ妹を言いくるめ、彼女が欲しがっていた唐物の鏡と交換する。ほどなくして、父の時政が流人の頼朝を迎え入れる。庭木の陰からその姿を見た政子は、頼朝こそが橘の君に違いないと直感する。(小栗さくら著「一樹の蔭」)

 ほか、頼朝が源氏再興を祈願した三嶋大社や頼朝の最初の妻・八重が身投げをしたとの伝承が残る真珠院など歴史と旅が同時に味わえる。

(講談社 737円)

「桜 文豪怪談ライバルズ!」東雅夫編

 大昔は、桜の花の下は恐ろしいと思っても、誰も絶景などとは思わなかったものだ。昔、鈴鹿峠にも旅人が桜の森の花の下を通らなければならない道があった。花の季節、そこを通る旅人はみんな気が変になった。やがて旅人は遠回りをするようになり、桜の森に静寂が訪れる。

 数年後、この山に一人の山賊が住みついた。男は街道を通る人の着物を容赦なくはぎとり、命を絶った。こんな男でも桜の森の花の下にくると恐ろしくなり、気が変になった。十数年が経ち、山賊の女房も6人に増えた。その日も街道から美しい女をその亭主の着物と一緒にさらってきた。その女に魂を吸い寄せられた山賊は、命じられるまま他の女房を殺してしまう。そのときに胸に湧きあがった不安な気持ちは、満開の桜の森の下を通るときに似ていた。

 この坂口安吾の「桜の森の満開の下」をはじめ、小泉八雲や泉鏡花など文豪たちの桜を題材にした怪談・奇談が大集合。

(筑摩書房 1210円)

「文豪たちの妙な話」山前譲編

「私」は旧友の村上から、佐世保に住む彼の妹・千枝子の消息を聞く。東京にいた頃の千枝子は、神経が衰弱していたが、今は元気だという。当時、結婚して半年しか経っていない彼女の夫が欧州戦線に赴き、地中海にいる彼から毎週届いていた手紙が途絶えていた。同じころ、鎌倉の友人に会いに行くと出かけた千枝子がずぶぬれになって帰ってきたことがあった。

 東京を離れる前、千枝子が語った話によると、中央停車場で見知らぬ赤帽から「旦那様はお変りもございませんか」と話しかけられ、便りがないことを思わず告げると、「では私が旦那様にお目にかかって参りましょう」と言って姿を消したという。思えばこのころから千枝子の神経はどうかしていたのかもしれないが、千枝子はその数カ月後、再びその赤帽に出会い、夫の消息を聞いたと語っていたらしい。(芥川龍之介著「妙な話」)

 その他、梶井基次郎や太宰治ら文学史にその名を刻む10人が心の不思議をあぶり出す。

(河出書房新社 979円)

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