北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「幸せのままで、死んでくれ」清志まれ著

公開日: 更新日:

 うまいなあ。わけあって番組を去ることになったとき、「完璧を目指すのはやめなさい」と言ったあと、テレビカメラに向かうベテランアナウンサー安井和美の姿をくっきりと描くのである。その失意と矜持がその向こうから立ち上がってくる。とても新人の作品とは思えない鮮やかさだ。

 主人公は、若き日に安井和美にそう言われた桜木雄平。その後、国民的なキャスターとして成功をおさめた男が過去を振り返る回想の中に、安井和美のシーンは登場する。こういう彫り深い造形が他にも随所にあって、そのために物語がきりりと引き締まっていることに注目したい。音楽の道を選びながらも、その夢をかなえられなかった友、同期にテレビ局に入社した女性との不倫の恋。そのふたつの大きな柱を、視点人物をさまざま変えて、描いていく。

 著者は「いきものがかり」のリーダー水野良樹で、エッセーの著作はあったものの、小説は今回が初。とても初めてとは思えないほどの完成度だ。

 冒頭は、死の宣告を受けた桜木雄平が病院からテレビ局に向かうシーンなので(医者から宣告を受ける直接的な場面はなく、暗示しているだけだが)、その地点から歳月が巻き戻しされていく構成である。この男が国民的なキャスターになるまでどういうことがあったのかは本文を読んでいただきたい。読み終えた人と話したくなる小説だ。 (文藝春秋 1870円)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 2
    元アイドル渋谷哲平さんが明かすコロナ後のギャラ事情と大病「赤いヘルプマークを付け…」

    元アイドル渋谷哲平さんが明かすコロナ後のギャラ事情と大病「赤いヘルプマークを付け…」

  3. 3
    堀江しのぶがスキルス性胃がんと判明 余命2か月の宣告に…

    堀江しのぶがスキルス性胃がんと判明 余命2か月の宣告に…

  4. 4
    木村拓哉ドラマはなぜ、いつもウソっぽい? テレ朝「Believe」も“ありえねえ~”ばっかり

    木村拓哉ドラマはなぜ、いつもウソっぽい? テレ朝「Believe」も“ありえねえ~”ばっかり

  5. 5
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  1. 6
    寿美花代の“卒親宣言”は終活の手本に…高島ファミリーの大邸宅から施設入居の報道

    寿美花代の“卒親宣言”は終活の手本に…高島ファミリーの大邸宅から施設入居の報道

  2. 7
    政権に忖度するテレビ朝日に「株主提案」で問題提起 勝算はあるのか…田中優子さんに聞いた

    政権に忖度するテレビ朝日に「株主提案」で問題提起 勝算はあるのか…田中優子さんに聞いた

  3. 8
    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

    キムタクを縛り続ける《公称176cm》のデータ…「Believe」番宣行脚でも視聴者の関心は共演者との身長比較

  4. 9
    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

  5. 10
    福山雅治は自宅に帰らず…吹石一恵と「6月離婚説」の真偽

    福山雅治は自宅に帰らず…吹石一恵と「6月離婚説」の真偽