あさのあつこ(作家)

公開日: 更新日:

6月×日 5月の終わりから6月の初めにかけて、わたしの住む中国山地近くの町は、田植えの季節を迎える。田圃に水が入り、小さな苗が植えられ、ツバメたちが鳴き交わしながら舞い飛ぶ。

 一面に水の入った田は、周りの山々や空や空を行く雲を、くっきりと映し出す。苗が伸びてしまうと田は緑の葉に覆われてしまうから、ほんの一時、現出する風景だ。

 湖沼地帯みたいだなと、思う。毎朝、犬を連れて山間(やまあい)の田圃道を散歩しているのだが、この初夏の風景には心が奪われる。見知らぬ時代の見知らぬ国に迷い込んだような心地になるのだ。

 今年は、特にその心持ちが強い。たぶんピーター・トレメイン著「修道女フィデルマの采配」(田村美佐子訳 東京創元社 1034円)を読んでいたからだろう。

 法廷弁護士にして裁判官の資格を持つ美貌の修道女フィデルマが、アイルランドの各地を巡り難事件を解決する。

 と、裏表紙にはある。

 物語の舞台は7世紀のアイルランド。主人公はモアン王国の王女だ。姫君が法律家であり名探偵という設定は正直、突拍子もないと思われる。ドーリィ(法廷弁護人)だのブレホン(裁判官)だの聞きなれない単語が満載で、些(いささ)か取っ付きにくくもある。しかし、読み進めると、まるで気にならなくなるのだ。自らの死を予言し、その通りに殺害された占星術師。消えた魚料理と殺された料理長の謎。養い子を殺した意外な犯人……。どの事件も思いがけない展開とフィデルマの鮮やかな推理に引き込まれ、物語世界に浸りきってしまう。

 推理小説として存分に楽しめること、間違いなしだ。それと同時に、時空を超えて心を遊ばせる快感も味わえる。憂い多い現在だからこそ、力になる1冊かもしれない。

 そして、もう1つ、古代アイルランドでは、男女は同等に扱われ、性で差別されることはない。女性であっても公的地位に就くことができるのだ。

 露骨なジェネレーションギャップが残る、21世紀の我が国。あまりに遅れ過ぎてない?

 などと思案しながら、今日も犬と一緒に散歩をしてきた。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が楽天・辰己涼介の国内FA争奪戦に参戦へ…年齢、実績的にもお買い得

  2. 2

    号泣の渋野日向子に「スイングより、歩き方から見直せ!」スポーツサイエンスの第一人者が指摘

  3. 3

    囁かれていた「Aぇ!group」は「ヤベぇ!group」の悪評判…草間リチャード敬太が公然わいせつ容疑で逮捕の衝撃

  4. 4

    西武・今井達也「今オフは何が何でもメジャーへ」…シーズン中からダダ洩れていた本音

  5. 5

    ソフトB風間球打にはイップス疑惑…昨季のプロ野球“女性スキャンダル三羽ガラス”の現在地

  1. 6

    高市総裁は就任早々から人事で大混乱…女性応援団たちに“麻市内閣”ポストの目はあるのか?

  2. 7

    一発退場のAぇ!group福本大晴コンプラ違反に「複数人関与」疑惑報道…旧ジャニ“インテリ”枠に敬遠の風向き

  3. 8

    今オフ日本史上最多5人がメジャー挑戦!阪神才木は“藤川監督が後押し”、西武Wエースにヤクルト村上、巨人岡本まで

  4. 9

    崖っぷち渋野日向子に「日本人キャディーと縁を切れ」の声…外国人起用にこれだけのメリット

  5. 10

    くも膜下出血で早逝「ブラックモンブラン」41歳副社長の夫が遺してくれたもの…妻で竹下製菓社長が告白