「久米宏です。」久米宏著/朝日文庫

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「久米宏です。」久米宏著/朝日文庫

 テレビ朝日に「ニュースステーション」という番組があった。この番組について、いまは過去形で言わなければならないが、キャスターだった久米は「時の政権にチェックされないような報道番組はそもそも存在価値がない」と書いている。

 1989年夏の参院選で、消費税問題やリクルート事件で自民党は歴史的大敗を喫した。

 その2日後、当時、通産(現経産)大臣だった梶山静六が、自動車業界首脳との懇談で、「ニュースステーション」のスポンサーだったトヨタ自動車のトップに、「久米のひと言で票が減る。自民党政権の恩恵を最も受けているのは自動車業界だ。野党が政権をとったらどうなるのか」と迫ったと「毎日新聞」が報じた。

 その後まもなくトヨタはスポンサーを降りる。これは大問題だと考えた久米は、4年後の1993年6月、自民党幹事長になっていた梶山がゲストとして番組に来た時、「ずーっと釈然としなかったんですが、この際お聞きしていいですか」と前置きして尋ねた。

「梶山さんが通産大臣のとき、自動車メーカーのトップを集めて『ニュースステーション』のスポンサーを降りるよう求めたという報道が過去にあったんですが、それは本当のことでしょうか?」

 梶山は突然の質問にむっとして顔色を変え、「そんなことはありません」と否定した。

 答えとは裏腹に梶山はびっしょりと汗をかき、スタジオを出るときは「ゴミ箱を蹴り飛ばさんばかりの怒りようだった」という。それを見て久米は「感情を表に出す正直な人だと思った」とか。

 しかし、それ以後、梶山は何度も番組に出てくれたというのだから、さすがに大物である。

 私も何度か番組に招かれ、ディレクターが後始末に走り回るような問題発言をした。「イトマンは住銀のタンツボです」などだが、久米はそれをおもしろがった。

 残念ながら、いま、テレビに「反権力は『ニュースステーション』を始めるに当たってのスタンス」だったと言い切る久米のようなキャスターはいないし、厳しい批判を受け止めて、また番組に出る梶山のような政治家もいない。しかし、作る側も見る側も、これを昔話としないで読んでほしい。 ★★★(選者・佐高信)

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