著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「ドラゴンボール」(全42巻)鳥山明作

公開日: 更新日:

「ドラゴンボール」(全42巻)鳥山明作

 この漫画を語らずして漫画は語れない。「ドラゴンボール」である。

 天才鳥山明の最高傑作であり、漫画史のみならずハリウッド映画など世界のあらゆる創作物語に影響を与えた。

 評論家たちに言わせれば鳥山明は軽快さを売りにする漫画家だ。しかしクリエーションする側の私たちプロから見ればそれは大間違いである。一見、確かに軽快そうなストーリーとキャラ造形に見える。しかしプロの目で繰り返し読み込むと実はトルクフルで馬力に満ちた作品なのである。このトルクと馬力こそがこの作品の凄みであり、鳥山明の凄みだ。

 ごく簡単な主人公の成長物語に見える。目的のために次々と目の前に現れる敵を倒し、主人公が大人になっていく。日本の古くからの昔話でも海外の童話でも幾らでも構造的原点を求めることができる。そもそも《孫悟空》なのだ。西遊記そのものをベースにしている。しかし連載が進むうちに蛇行を重ね、ぶっ飛んだ作品となった。

 小説家としてデビューする前、私にもよくわからなかった。デビュー後に繰り返し再読、再々読するうちに理解したのである。実はあの作品、プロとしてよく読むと“継ぎはぎ”だらけなのだ。プロになってから人の紡いだ作品でも制作途中でどこで何をしようとしたのか、どこで物語を曲げたのか、どこで継ぎ足したのか、見えるようになった。

「俺はそれくらい能力の高い作家なのだ」と自慢しているわけではない。商業レベルで日々真剣勝負で競っているプロなら誰でもわかること。読者にわからぬよう継ぎ目を隠してもプロにはわかる。中古車業者には車の傷を直した跡が見えるのと同じだ。コンパウンドででこぼこを埋め、細かいヤスリをかけて塗装し直しても微妙な光の反射具合で見えてしまう。

 あの「ドラゴンボール」は連載のかなり早い段階で決着をつけ、終えるつもりだった。それがあまりの人気に編集部が延長願いを繰り返し、あのような大長編になってしまった。

 ほかの漫画家なら何度も破綻していたであろう大改造を繰り返してなお、ストーリーもキャラもみじんも揺るがなかった。鳥山明がいかにトルクの太い馬力を持っていたかわかる。まさに漫画の化け物だったのだ。それを証明したのが「ドラゴンボール」だった。

(集英社 484円)

【連載】名作マンガ 白熱講義

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦は大関昇進も“課題”クリアできず…「手で受けるだけ」の立ち合いに厳しい指摘

  2. 2

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  3. 3

    マエケン楽天入り最有力…“本命”だった巨人はフラれて万々歳? OB投手も「獲得失敗がプラスになる」

  4. 4

    中日FA柳に続きマエケンにも逃げられ…苦境の巨人にまさかの菅野智之“出戻り復帰”が浮上

  5. 5

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  1. 6

    高市政権の“軍拡シナリオ”に綻び…トランプ大統領との電話会談で露呈した「米国の本音」

  2. 7

    エジプト考古学者・吉村作治さんは5年間の車椅子生活を経て…80歳の現在も情熱を失わず

  3. 8

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  4. 9

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  5. 10

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ