西部警察世代がとっておき「裕次郎映画」ベスト5を語る<5>

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「黒部の太陽」(1968年2月公開)熊井啓監督

 7月17日は石原裕次郎の命日。今年は33回忌にあたる。それを記念して、この大スターの生涯と全出演作品を解説した評伝「石原裕次郎 昭和太陽伝」(アルファベータブックス)が刊行される。同書の著者である佐藤利明氏と、作家で同書を編集した中川右介氏の2人は、ともに1960年代生まれで、裕次郎の日活時代はリアルタイムでは知らない。「太陽にほえろ!」で裕次郎と出会い、「西部警察」に興奮した世代である。両氏が裕次郎映画ベスト5を選び、語った。

  ◇  ◇  ◇

中川 「黒部の太陽」は石原裕次郎の俳優としての代表作であり、プロデューサーとしての代表作でもあります。「太陽の季節」でデビューし、「黒部の太陽」で映画界を変え、「太陽にほえろ!」でテレビ映画に革命を起こしたという裕次郎さんの代表的な「太陽」のなかでも、最大の太陽が「黒部の太陽」です。

佐藤 1958年、日本映画人口が史上最高の11億2000万人を突破。映画黄金時代がピークを迎えますが、その中心にいたのが裕次郎さん。まさにドル箱ですが、裕次郎さんにしてみれば、同工異曲のアクション映画の企画ばかりで、もっとハリウッドみたいに工夫しようと提案しても取り合ってもらえず、フラストレーションがたまっていたんです。

中川 人気絶頂の時に「俳優は男子一生の仕事ではない」と発言したのには、そういう背景があったんですね。

佐藤 そして61年にスキー事故で大ケガをして8カ月の療養をした時に、密かに計画したのが「石原プロモーション」の設立でした。「自分で撮りたい映画を作る」「観客が本当に求めている作品をプロデュースする」という思いがあったのです。そこで63年に石原プロを立ち上げて、念願の「太平洋ひとりぼっち」を完成させたのです。

中川 三船敏郎の「三船プロ」との共同製作をすると発表して、東宝と日活から相当な反発を受けて、企画が流れたこともあります。それでもと挑戦したのが「黒部の太陽」でした。この映画は製作にいたるまでの日活の社長の妨害や、撮影中に事故が起きて裕次郎も死にそうになったとか、そういう映画の“外”のエピソードが有名で、さらに、関西電力や熊谷組が協力したので、企業PR映画だと誤解されてもいます。たしかにスペクタクル映画でもあるけど、熊井啓監督だけあって、かなり社会派映画でもある。初めて見た時、意外でした。戦前のトンネル工事の悲惨さもしっかり描かれているし。

■日活映画のセオリーが生きている

佐藤 熊井監督はこの映画を引き受ける時に、戦後の難攻不落の大工事を完遂したサクセスストーリーにはしたくないとの思いがあり、戦前、戦中の非人間的なトンネル工事の実態を描いたのです。裕次郎扮する主人公の父に、新国劇の辰巳柳太郎をキャスティングして「戦前の象徴」としたことで、主人公の葛藤も生まれます。つまり「内的な葛藤」を言語とアクションで描く、日活映画のセオリーがここでも生きていて、それが映画の面白さになっている。

 世紀の難工事と呼ばれた「黒四ダム」建設を支えた人々の物語をハリウッドのスペクタクル映画のようなスケールで描きたい。それがプロデューサー・裕次郎さんの思いでした。そのためにトンネルのセットを組んで、実際に放水して、大ケガをするというアクシデントもありました。しかもその瞬間を映画に生かしてしまうという「したたかさ」もあります。

中川 三船敏郎もそうなんですが、「黒部の太陽」は、俳優としては2人ともそんなにやりたい役ではなかったと思うんです。ただ、2人が主演しないことにはお客さんが来ない。それをよく知っていたから主演したし、以後の自分のプロダクションの映画で主演し続けますが、本当は、プロデューサーなり監督として、もっと多くの映画を作りたかったんじゃないか。そう感じます。

佐藤 60年代後半の映画界は、斜陽に歯止めがかからなくなっていました。最大のライバルだったテレビじゃできないことを映画館の大スクリーンで、という思いが、一番分かりやすい「スペクタクル映画」に昇華していったと思います。三船プロはこの後、時代劇史上最高の超大作となった「風林火山」を、東宝の肝いりで製作。勝新太郎さんの勝プロダクションは、フジテレビと「人斬り」を成功させます。裕次郎さんに限らず、時代を作ってきたトップスターそれぞれが、知恵を絞って映画をプロデュースして映画界の斜陽を止めたかったんだと思います。

 裕次郎さんは「黒部の太陽」の大成功に手応えを感じて、映画プロデューサーとしてハリウッド進出も視野に入れていきます。

中川 「黒部の太陽」は空前の大ヒット。石原プロモーションの次の作品「栄光への5000キロ」(69年)も大ヒットしたのですが、以後の作品が興行的に失敗し、石原プロモーションは経営危機に。そこで裕次郎はテレビ映画へと進出し、この分野でも大成功。「太陽にほえろ!」は14年間も続いたんですね。いまの「相棒」(テレビ朝日系)のように、数カ月ごとではなく、休みなしで。毎週、裕次郎が出ているのが当たり前でしたが、いかに驚異的なことだったかと今にして分かります。

佐藤 裕次郎さんは映画の大ヒットという「成功の甘き香り」を味わい、大失敗して「苦汁を飲まされる」ことになります。しかし「太陽にほえろ!」で本格的にテレビに進出して、そのノウハウを身につけると、すぐに石原プロモーションで「大都会」シリーズを立ち上げ、「西部警察」シリーズへと発展していきます。しかもテレビなのに映画的なスケールの派手なスペクタクルを次々と展開して、常に話題の中心となっていきます。「俳優は男子一生の仕事ではない」と「映画への夢」を抱いた裕次郎さんは、晩年まで映画製作を考えていました。

「石原裕次郎 昭和太陽伝」では、裕次郎さんのデビューから、日本映画黄金時代、そして斜陽、病魔との闘い、テレビの舞台裏などを通して、石原裕次郎という不世出のスターが歩んだ「昭和のエンターテインメント史」を多角的につづりました。裕次郎さんが最後まで抱いていた「映画への夢」を感じ取っていただければ幸いです。

中川 この本を読むと、本当に裕次郎映画が見たくなりますね。

(おわり)

佐藤 利明(さとう・としあき)
1963年生まれ。構成作家・ラジオパーソナリティー。娯楽映画研究家。2015年文化放送特別賞受賞。著書に「クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル」(シンコーミュージック)、「植木等ショー!クレージーTV大全」(洋泉社)、「寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」(中日新聞社)など。

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年生まれ、早大第二文学部卒業。出版社「アルファベータ」代表取締役編集長を経て、歴史に新しい光をあてる独自の執筆スタイルでクラシック音楽、歌舞伎、映画など幅広い分野で執筆活動を行っている。近著は「手塚治虫とトキワ荘」(集英社)、「1968年」(朝日新書)など。

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