第7世代ブーム去りメンバー謹慎…「調子に乗った若手」だった四千頭身が手にした「苦労人」の味
後藤は「『四千頭身』というより『第7世代』で呼ばれていた」(テレビ朝日系「証言者バラエティ アンタウォッチマン!」23年5月23日)と当時を表現する。芸人に夢を与えるために、あえて見えを張り高級車アウディを購入し、タワーマンションに住んでいたが、やがて収入が家賃を下回り、引っ越すことになってしまった。その結果、調子に乗っていたと見られ、「もっとも叩かれやすい」存在になってしまった(テレビ朝日系「アメトーーク!」22年3月17日)。
そもそも四千頭身がブレークするきっかけとなった「脱力系漫才」も、偶発的に生まれたものだった。初めてネタ番組に出演した際に、たまたま後藤の体調が悪く、「リアル脱力」状態だったのだ。収録直後に入院するほどだった。病室でその番組を見ると「脱力系」と名付けられていた。
冒頭の番組では、作家に「しゃべりすぎ」と言われた石橋もまた「もともと俺はそっちがやりたかった」と吐露する。「めちゃくちゃお笑い好きなんで。憧れてるのって、(パンサーの)尾形さんと(とにかく明るい)安村さんなんですよ。体も張れる」と新しい面を見せようとしている。
Jリーグのイベントに2人で行った際には、選手に対してよりも「がんばれー!」という声援をもらったという。強烈な逆風はあった。けれど「調子に乗った若手」から「苦労人」の味を手にした彼らは、それを追い風に変えることができるはずだ。



















