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天野篤順天堂大学医学部心臓血管外科教授

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

EBM=根拠に基づいた医療は医療安全とセットになっている

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「医療安全」=「患者さんを守る」という理念が組織的にも確立されたのは、前回お話ししたように30年ほど前からで、実は新しい考え方といえるでしょう。そんな医療安全を実現させるうえで、重要なのが「EBM」という概念です。「Evidence Based Medicine」を略したもので、「根拠に基づく医療」を指します。

 EBMがカナダの医師によって提唱されたのは、医療安全と同じ頃の1990年代で、医学会に浸透したのは大型コンピューターが使えるようになった2000年前後です。コンピューターを使わなければできない統計処理があるからです。

 たとえば、それぞれの患者さんが有している背景因子を揃えて優位さをなくしたうえでグループを比較する「プロペンシティスコアマッチング」(傾向スコアマッチング法)などは、コンピューターによる作業が不可欠です。比較するグループに入るサンプルをランダムに選ぶ「ランダム化比較試験」(無作為比較試験)を筆頭に、そうした結果へのバイアスを小さくする作業が行われていない研究はエビデンスのレベルが低く、説得力がなくなってしまいます。つまり、よりエビデンスが高い治療法をきちんと判断して選択できるようになったのは、誰でもコンピューターが使えるようになったおかげといえます。

 また、インターネットの普及によって、世界各国のさまざまな研究論文からデータを簡単に確認することができるようになったことも、EBMの浸透を促進したといえるでしょう。

 先ほども触れましたが、エビデンスのレベルは無作為化して比較した臨床試験の報告が数多くある場合が最も高く、逆に臨床現場で観察される施設ごとの報告はレベルが低いといえます。ですから、エビデンスが高い臨床報告の数値に対し、ある病院での症例報告の数値がかけ離れている場合、その病院になんらかの問題がある可能性が高いと判断できます。EBMは患者さんを守る医療安全とセットになっているのです。

 日本で厚労省が標準治療としてEBMに沿った診療ガイドラインの作成を始めたのは1999年度からで、その後は各学会でもガイドラインが作られました。EBMが浸透したことで、医師は患者さんに対してエビデンスに基づいた治療をきちんと説明したうえで、提供するようになったのです。

■かつては医師の経験や勘に頼っていた

 エビデンスと言えるような客観的なデータが出ていなかった時代は、それまでの伝統や習慣、医師の経験や勘に頼った治療が行われていました。患者さんへの説明も、「自分の経験からはこうだと思うから、こんな治療をします」といった感じで行われるだけでした。それでも、患者さんは「先生がそうおっしゃるならそれでお願いします」と“お医者様”にお任せするしかありませんでした。エビデンスの「E」が、エクスペリエンス(経験)の「E」だったり、エミネンス(身分が高い)の「E」だったりしたわけです。

 しかし、患者さんからは、医師や施設の経験や伝統だけではなく、確実な根拠に基づいた治療を求める声が高まってきました。さらに、とりわけ米国では病院や医師を相手にした医療訴訟が増えてきたことで、客観的なエビデンスに基づいた医療が重視されるようになります。

 伝統を重視する病院や経験に頼った医師が多いと、医療安全がおろそかになり、医療ミスやトラブルも多くなります。そうなると、医療訴訟が増えるだけでなく、訴訟になったときに支払われる保険会社からの保障も認められなくなってしまいます。病院経営の観点からも、エビデンスに基づいた医療は欠かせないものになり、広まっていったのです。

 医療安全とEBMが医師や病院にとって当たり前の概念になったことで、いまの医師は医学教育の段階からその重要性を叩き込まれるようになりました。次回、詳しくお話しします。

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【連載】上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

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