生き延びようと決めました…医師の森田豊さん白血病との闘い

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息子の造血幹細胞を移植…家族の絆が強くなった

 移植のドナーを当初は骨髄バンクで探しましたが、完全にマッチする方はいませんでした。それで、完全にはマッチしないドナーか、あるいは息子という選択になりました。息子はカミさんの遺伝子が半分入っているので、半分マッチする。現在では、完全にマッチするドナーと、半分マッチする血縁者からの移植とで、成績はほとんど同じというデータが出ています。

 息子は20代と30代の2人がいるので、検査してもらい、医師が選びました。11月18日に移植。末梢血幹細胞移植といって手術ではありません。ドナーに白血球を増加させる薬を注射して、血液から幹細胞を採る……献血のような仕組みです。そこから造血幹細胞を抽出した上で僕の体に点滴で入れる。その息子の細胞がよかったんですよ!! 通常、移植に用いる細胞数の約2倍あったんです。移植前後でいろんな処置がとられましたが、吐き気もなく順調にいきました。

 息子には感謝しかありません。移植が必要とわかってから、2人は数カ月間、自身の感染症予防や健康管理などを徹底してくれた。そして「俺たちから移植してくれ」と言ってくれました。苦労をかけましたよ。おかげで家族の絆が強くなりました。

 僕は病室で毎日スクワットをし、食事もできるだけ食べて、筋力を衰えさせないように努めました。その甲斐あって、移植から18日後の12月6日に退院。退院は早くて年末になると言われていたので、医師たちも「とても早く退院できたね」と驚いていました。医療技術の進歩ももちろんありますが、「歩いて家に帰るんだ」という強い気持ちがありましたから。

 患者の立場になって景色が変わりましたね。医師、看護師、掃除をしに来てくれる方々、みんな優しくて、すごく元気になれました。これからは自分も患者さんが少しでも幸せになれるよう、優しく接しようと改めて思いました。

 今は通院していますが、輸血せずに済んでいて体調はいいです。今回、生き方を見つめ直す機会になり、食事をしても、お風呂に入っても、息子と話しても、ありがたみを感じるようになりました。以前より人間らしくなったかな(笑)。今年からは焦らずに社会復帰しようと思います。

 (聞き手=松野大介)

▽森田豊(もりた・ゆたか) 1963年、東京都生まれ。秋田大学医学部卒。医師として従事しながら医療ジャーナリストとしての活動も多い。情報番組「ゴゴスマ」(TBS系)などレギュラー多数。ドラマ「ドクターX~外科医・大門未知子~」の医療監修も務めた。著書も多数。近著に「医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと」(自由国民社)。

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