津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

アレクサンドロス大王の東方遠征 実は父親の計画だった!

公開日: 更新日:

 皆さんはアレクサンドロス大王が東方遠征を行ったことをご存じでしょう。でも、本当は別人がそれをやるはずだったと言ったら驚かれるでしょうか?

■フィリッポス2世

 時代はアレクサンドロス大王(前356~前323年)の父の代にさかのぼります。今から2400年ほど前、ギリシアの北側にマケドニア王国が存在しました。ポリスと呼ばれる都市国家を形成し、市民の平等を実現していったギリシアに対し、王政を維持し続けたマケドニアは、ギリシア人からは野蛮人を意味するバルバロイと見なされていました。

 その王であるフィリッポス2世(写真①)は若い頃、ギリシアのテーベというポリスの人質でした。しかし転んでもただでは起きないフィリッポス2世は、ギリシアの政治社会制度だけでなく、重装歩兵が密集隊形を組む「ファランクス戦法」などの軍事技術をも吸収し、マケドニアに帰還して王位に就くとさまざまな改革を実行しました。ギリシア人が使っていた槍を2倍以上に長くした「サリッサ」を採用したのも、そのうちのひとつです(図②)。

“痴情のもつれ”から暗殺される

 強力な軍事力を蓄えたフィリッポス2世は、前338年の「カイロネイアの戦い」において、自分を人質としていたテーベとアテネの連合軍を破り、ギリシアのほとんどのポリスを支配下におきました。

 野蛮と見なされていたマケドニアがギリシアを支配するため、フィリッポス2世は、かつてペルシア戦争でギリシアに侵攻してきたアケメネス朝への大遠征を計画します。つまり、マケドニアがギリシアを代表して仇敵に復讐する、という構図をつくったのです。しかし、その出陣式典において、予想外のことが起こりました。

■護衛官の“裏切り”

 式典がクライマックスに差し掛かり、巨大なモニュメントのパレードが始まったその時、護衛官が、衆人環視の中でフィリッポス2世を暗殺したのです。一説によるとフィリッポス2世と護衛官は恋愛関係にあり、王が別の人物と関係を結んだことに逆上して犯行におよんだともいわれます。

 王の死によって東方遠征の宿題は、跡を継いだ弱冠20歳のアレクサンドロス大王に任されることになりました。

■イッソスの戦い

 図③のモザイク画は、イタリアのポンペイから出土したもので、前333年の「イッソスの戦い」を描いたものともいわれています。アレクサンドロス大王率いるマケドニア軍と、アケメネス朝のダレイオス3世率いるペルシア軍がぶつかりました。

 画面左のアレクサンドロス大王は愛馬ブケファロスにまたがり、突撃態勢をとっています。一方、右側の戦車に乗ったダレイオス3世は、腰が引けて退却しようとしているかのように見えます。

 劇的な瞬間を描いたこの絵から、ひとつ重要な点を学びたいと思います。それは、ダレイオス3世の背後に描かれた槍の向きです。ここから興味深いことが分かるのですが、それは何だと思いますか?

 実はアレクサンドロス大王側に向けられている長い槍は、ギリシア兵特有のものです。ここからダレイオス3世側にもギリシア人の傭兵がいたことを読み取ることができます。つまり、東方遠征で戦っていたのは、「野蛮な」マケドニアに率いられたギリシア兵と、アケメネス朝に雇われたギリシア兵だったのです。ギリシア人対ギリシア人の戦いというのも、この時代をあらわす一コマと言えるでしょう。

■アケメネス朝の滅亡

 さて、エジプトを征服した後、メソポタミアのバビロンやイランのペルセポリスを攻略したアレクサンドロス大王は、アケメネス朝を滅ぼします。そして、中央アジアからなんとインドにまで攻め込んでゆくのです(地図④)。この間、中央アジアやアフガニスタンの山岳地帯でのゲリラに苦しみ、また、インドにおける戦象との戦いや過酷な気候にも邪魔され、アケメネス朝の旧領をのみ込む頃には、配下のギリシア兵たちの不満は限界点に達していました。

 ギリシアへの帰還を望む兵士たちは、とうとう大王に対するボイコットに出たため、世界征服を夢見たアレクサンドロス大王も、それ以上の遠征を断念せざるを得ませんでした。

 またこの頃、アレクサンドロス大王は、アケメネス朝の跪拝礼を導入します。しかし、王の前で跪いて投げキッスをする、この儀礼は、ポリス市民の平等を重視するギリシアやマケドニアの兵士たちにとって我慢ならなかったようです。この時の反発は、後のローマ時代の歴史家であるアリアノスによって資料のように記録されています。さすがのアレクサンドロス大王も、ギリシアやマケドニアの兵士に跪拝礼を強要することはできなかったようです。

■病死? それとも?

 インドから西方への帰還は困難を極めましたが、メソポタミアまで戻ることができました。ほっとしたのもつかの間、アレクサンドロス大王はアラビア半島への遠征を企図しますが、その直後に熱病にかかって前323年に急死してしまいました。

 あまりに突然の死だったため、新たな遠征を嫌う部下によって暗殺されたのではないかという疑惑が古くからありますが、正確なことは分かりません。

 また、アレクサンドロス大王が、なぜ家臣たちの反対を押し切ってまで遠征を続けたのかについては、父王であるフィリッポス2世へのライバル心を指摘する学説が有力です。果たして、アレクサンドロス大王は「父親超え」をできたのでしょうか?

■仁義なき「ご学友」

 アレクサンドロス大王の遠征を支えた将軍たちの多くは、幼い頃から大王と共に学んだ「ご学友」たちでした。教師陣の中にはあのアリストテレスもいたといわれており、まさに帝王教育がほどこされていたのでしょう。

 アレクサンドロス大王亡き後、彼らはディアドコイ(後継者)と呼ばれ、互いに殺しあいます。アレクサンドロス大王の幼い息子も殺され、帝国は「ご学友」たちによって、あっという間に分割されてしまいました。

 ここにいわゆるヘレニズム時代が到来し、かつてアレクサンドロス大王が築き上げた帝国は西方がローマ帝国に、東方がパルティアに継承されてゆくのです。

■もっと知りたいあなたへ

アレクサンドロス大王 『世界征服者』の虚像と実像
森谷公俊著(講談社選書メチエ 2000年) 1980円

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