海洋冒険家・堀江謙一氏が語る「どれだけ高いハードルを越えられるかが自分の原点」

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堀江謙一さん(海洋冒険家/83歳)

 60年前、23歳の青年は夢に見たアメリカ大陸を目指し、兵庫県西宮港から出航。パスポートを持たない“密出国”だった。小型ヨット「マーメイド号」は大海原で何度も嵐に見舞われながら94日目、ついにサンフランシスコにたどり着いた。世界初、史上最年少の単独無寄港太平洋横断。この快挙に世界が驚いた。その後も「ひとりぼっち」の航海を続け、数々の偉業を成し遂げて、人々に力と勇気を与えた。83歳になった今もそのフロンティア精神は健在。今年3月、再びサンフランシスコから西宮へ、世界最高齢で単独無寄港太平洋横断に挑む。

■60年経っても海は変わらない

 ──「嵐を乗り越え、また次の嵐を受けるとだんだんと強くなっていく自分が分かる」とおっしゃっていますが、まさに不屈の精神力ですね。

 生涯、チャレンジャーとして生きたい。目標としては100歳まで航海したい。最年少記録は頑張って取れるものではありません。最年長もその年齢になるまで待たなければならない。そのチャンスに恵まれたわけですから、なんとかこれを生かしたいのです。

 ──60年前と今の違いは何ですか。

 当時はまったく経験がありませんでした。今回はそれを年齢分でカバーできないかなと思っています。大体のことは読めますから。港や環境は変わっても、海は変わりません。

 ──装備は進化しているのですか。

 ヨットのサイズ(5.8メートル)はまったく同じですが、当時は電化製品がほとんどなく、石油ランプの明かりをともし、乾電池でラジオを聴いていました。コンパスと海図で位置を確かめ、板キレを流してスピードを測った。今はGPSも衛星電話もあります。

 ──83歳になってあえて挑戦する理由は?

 まず、ボク自身が航海を楽しむこと。結果として、この航海によって勇気を持ってもらったり、元気になってもらえたらうれしい。チャレンジすることの大切さを、多くの人に伝えられたらうれしいですね。

 ──1日、どのくらいのペースで航海するのですか。

 24時間進みます。帆を揚げたり、降ろしたりしますが、何もしなくても進みます。昼寝をしていてもちゃんと進みますが、ヨットが傾いて落ちそうになることもあります。ずっと景色が一緒ですから、寝ている間にヨットが反対方向を向いていることはしょっちゅうです。

 ──なぜ60年前と逆のコースにしたのですか。

 西宮からだと北のコースになるので、やっぱり寒いんですよ。60年前が北だったので、今回は暖かい南のコースで帰ってきます。その分、距離は長くなりますが。

危険な目に遭っても次の航海に生きる

 ──「太平洋ひとりぼっち」は寂しくありませんか。

 ボク自身が1人で行くのを決断した航海です。隣に誰もいないから寂しいなんて言えません。スポーツとしては複数よりも1人の方がハードルが高い。たとえば、2人、3人で相棒がしっかりしていればビールを飲んで寝ているだけでいいんです。1人は、それだけハードルが上がる。どれだけ高いハードルを越えられるかが原点にあります。

 ──航海中の楽しみは何ですか。

 全部が楽しい。快適なこと、しんどいこと、苦しいことはありますけど、結構楽しんでいるんですよ。ちょっと自虐的なところはありますけど、こういう苦しみに耐えて頑張っているんだというのを含め、イルカやクジラを見たり、鳥が飛んでいるのもすべて楽しんでいます。

 ──60年前は積み込んだ飲料水が腐って捨てました。雨が降らなかったらどうするつもりだったのですか。

 必ず降ると思っていました。ただ、それ以外にもヨットにはちょっとずつ水分があるんですよ。たとえば缶詰の中にもありますし、ビールも積んでいました。水でなくても、水分があればいいんです。

■マストから海に転落したことも

 ──危ない目に遭ったことは?

 何回かあります。ノンストップで世界一周をした時、帆を引っ張り上げるロープが切れて、帆が落ちてきた。切れたロープをマストのてっぺんの滑車に通して下に下ろし、帆の先に留めて引っ張り上げれば揚がるんですが、問題はロープを通すにはどうしたらいいか。てっぺんに上らないといけないんです。

 ──相当な高さですよね。

 てっぺんまで上って滑車にロープを通し、ロープの端を左手に持って下りたんですが、引っ張り上げたロープが右脚に絡まった。マストに抱きついているので足元を見ることができず、ロープがどうなっているか分かりません。力尽きて、そのままズルズルと下に落ち、振り出しに戻った。再度上らないといけないんですが、その日は疲れ切ってしまいました。

 ──それで、どうしたのですか?

 翌日、マストを見上げたら、倍ぐらい高く見えるんです。一晩ぐらいじゃ、体力は十分回復しません。とりあえず真ん中まで上って、途中で休んで上ればいいだろうと思い、あと1メートルぐらいまで行ったところで両手がマストから外れ、そのまま落下した。一番心配したのがデッキに落ちて大ケガをすることです。デッキと海では大違いですから。その時、うまい具合に海に落ちてくれました。運が良かった。助かったと思いましたね。

 ──まさに九死に一生ですね。

 縦回りの世界一周をした時も、マストが折れたので短いポールをマスト代わりにして休んでいたら、嵐がきて大きな波を受け、ヨットが180度ひっくり返った。底の2トンの重りが真上に、天井が下にきます。海水がいっぱい入ると、ヨットが沈んでしまう。半分ぐらい入ったところで元に戻り、起き上がってくれた。それで助かりました。

 ──それだけ怖い経験をしても再度、挑戦したくなるものですか?

 簡単に片付けているつもりでも、実際、やってみるとてこずることがありますよ。みなさんの仕事もそうじゃないですか。うまくいかないこともあるでしょう。でもチャレンジすると楽しいですから。何もしないのも安全かもしれませんが、危険な目に遭ったことが、次の航海に生きています。

 ──経験を積むことが大事だと?

 同じような失敗はあるかもしれませんが、確率として減っています。それと結構うぬぼれてるんですよ。今度やる時は、もっとうまくやるよって。ヨットって危険そうに見えるけど、そんなに危険じゃないんですよ。

 ──年齢とともに落ちた体力はどうやって補うのですか。

 補っていません。これまでの経験を生かし、今のヨットはできるだけ楽に操縦できるようになっています。なるべく何もしなくても行けるようになっているんです。

 ──とはいえ、揺れるヨットは立つのも難しいですが……。

 立ったり、座ったりするのはどうってことはありません。さすがに外洋に出て波が大きくなったら歩きにくくなりますが、何も立たなくても、手すりを持つとか、四つん這いでも何でもいいんです。

 ──いつ海に投げ出されるかも分かりません。

 キャビンから離れた前の方にはあまり行きたくないんですが、前に出て作業しないといけないケースもあります。できる限り、後ろから遠隔操作でやれるようになっています。とはいってもボタンひとつで行けるほど自動化が進んでいるわけではありません。

 ──60年前の頼りは海図と六分儀とコンパスでした。

 それでいいんです。マゼラン、コロンブスの世界一周があったから、世界の海図が完成した。彼らは地球は丸いだろうと信じ、大きさは大体これぐらいと想像して、それで地球の大きさが分かった。60年前の航海は行き先がアメリカでしたから、行きつけないはずがありません。どこかにぶつかります。見落とすことがないんですよ。

 ──まさに生涯チャレンジャーですね。

 人間は目標を持つことで、充実した人生を送れます。今年の6月、短パン、Tシャツ姿で帰ってきたいですね。

 (聞き手=滝口豊/日刊ゲンダイ)

▽堀江謙一(ほりえ・けんいち)1938年、大阪市生まれ。62年に太平洋単独横断航海に成功。74年には西回り単独無寄港で世界一周。82年、縦回りで世界一周のほか、2005年にも東回りで単独世界一周を達成。菊池寛賞を受賞した「太平洋ひとりぼっち」、「海を歩いて渡りたい」など著書多数。

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