今も続く「皇室典範」は出来の悪い法律…男の側に不妊の原因を求める発想がなかった時代の産物だ
なぜそうなってしまったのか。それは、今の皇室典範が戦前の古い皇室典範をほぼそのまま踏襲しているからである。戦前は天皇が「側室」を持つことが前提とされていた。実際、大正天皇は明治天皇の正室からではなく側室から生まれた。戦後は、側室が認められなくなったので、現在のようなことが起こるのだ。
だが、天皇が何人もの側室を持ったとしても、必ず男の子が生まれるわけではない。生まれても育つとは限らない。明治天皇は5人の側室との間に5男10女をもうけたけれど、成人した男子は大正天皇だけである。
さらに、そもそも男性の側に十分な生殖能力がないこともある。
かつては不妊の責任はもっぱら女性に負わされ、「嫁して三年 子なきは去る」という言葉さえあった。「石女(うまずめ)」という差別用語もあった。
近年では、不妊治療が盛んになったこともあり、子供が生まれない原因は男女ともにあると考えられるようになってきた。しかしそうした考え方が定着したのは、今世紀に入ってからではないだろうか。
















