小売りするのは再生可能エネルギーのみ 経営者に迫る<前>
大石英司さん(「みんな電力」代表取締役)
2016年4月に電力の小売りが自由化され、さまざまな企業が電気を販売できるようになった。読者の中にもいわゆる新電力にクラ替えして、「電気代がお得になった!」と喜んだ人も多いのでは。しかしその電気、一体どこでつくられたものかご存じだろうか?
2011年創業の新電力会社「みんな電力」。そのホームページを見ると、契約する発電事業者がすべて写真付きで紹介されている。まるで産直野菜の生産者のようだ。実際同社では、事業者ではなく“電気の生産者”と呼んでいる。
それらの電気は、すべて水力、風力、太陽光などによる再生可能エネルギーだ。そう、いわゆるクリーンエネルギーで、例えば、福島県喜多方市の高郷太陽光発電所、三重県度会郡度会町の度会ウィンドファーム、同伊賀市の馬野川小水力発電所など、発電事業者は全国各地、大小多岐にわたる。
■きっかけは「このお姉さんから電気を買いたい」
お気に入りの発電所があれば、電気料金の一部を「応援金」として直接支払うことができ、発電所によっては地元特産品などのお礼が送られてくる。いわば、ふるさと納税の電気版だ。
法人向けのプランなら、発電所を自由に選ぶことも可能。つまり“わが社のビルは風力と水力の電気で”なんてことも可能なのだ。
この取り組みにより、環境と社会に良い活動を表彰する「グッドライフアワード」の昨年度の環境大臣賞最優秀賞を受賞。環境ビジネスの分野で今最も注目されているベンチャー企業なのだ。
「きっかけは10年ほど前。電車の中で若い女性がカバンにぶら下げていた小型のソーラー充電器を見て、“このお姉さんから電気を買いたい”と思ったんです。動機は不純なんですよ(笑い)」
母親の商売への姿勢が骨身に
1969年、東大阪市に生まれた大石社長。父はベルトコンベヤーの設計、母は化粧品のセールスと、技術者と商売人のハイブリッドな家庭で育った。特に影響を受けたのは母からだという。
「小さい頃、習い事をいっぱいさせられたんですよ。ピアノやら水泳やら英語やら。全然僕のキャラにはないハイソなものばかり。何でだろうと思ったら、実はレッスン中の待ち時間を、他の親たちに化粧品を売る機会にしていたんです。そもそも化粧品の販売は、お客さん一人一人の良いところを見つけて商品を提案する一種のコンサルティング。そんな難しい仕事を今もやってるんですから、すごいですよね。そうした母親の商売への姿勢は、僕の骨身になっています」
大学は東京の明治学院大学へ。2浪して苦労した末の入学だったが、「計22校受けて、唯一受かったのがここ。もっとできると思ったんですが、自分は勉強では勝てないんだと実感しました。だから世の中で成功したければ、他人とは違う自分の評価の尺度をつくらないといけないと思いました。皆から喜ばれることとか、やっていて気持ち良い瞬間とか。いろいろ考えていくうちに見つけたのが“マーケティング”でした。要はいかに他人からウケるかということを追求する学問。小さい頃からおちゃらけキャラだった僕にはピッタリだと思いましたね」。
大学卒業後は、大阪の広告制作会社やソフトウエア会社を経て、紆余曲折の末、大手の凸版印刷に転職。
話しても分からない人とは話さないのがコツ
日本を代表する大企業で、大石社長はさまざまなビジネスを起案し、ヒットさせる。例えばコンテンツ流通事業の「ビットウェイ」は電子出版ビジネスのはしりで、現在も「出版デジタル機構」として存続している。
大石社長は、この凸版印刷時代に多くのことを学んだという。特に懇意にしてもらった当時の役員に言われた言葉は、今でも座右の銘だ。それは「話し合えば分かるなんて幻想だ」というもの。自分の考えを理解してくれない上司の愚痴をこぼした時に言われた言葉だが、まさに厳しいビジネスの世界の本質を言い表している。
「電力ってイデオロギーの対立になることが多いんですよ。原発や火力が良いと思っている人は、再エネは割高で不安定という考えが頭にこびりついているので、なかなか理解してもらえません。下手をすると感情的な対立につながってしまう。なので、そういう時は時間を置くことにしています」
話しても理解されなさそうな相手に時間をかけるより、話す前から分かってくれそうな相手としっかり対話し、パートナーシップをつくり上げていく――。
それを心掛けてきたおかげか、現在同社のパートナー企業にはTBSやセガサミー、丸井など大手有力企業がズラリと顔を並べる。有名セレクトショップの「ビームス」の店頭で電気を売ったり、「円谷プロ」と組んで「かいじゅうのでんき」なるプランを売り出したり、ユニークなコラボ事業もマスコミの注目の的だ。
地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」が今年から実施段階に移るにあたり、ますますスポットライトが当たる環境ビジネスのキーパーソンのひとりと目される大石社長。しかし、起業からしばらくは「月初めの総資産が561円だったこともある」ほど、苦難の連続だった――。 =後編につづく
(聞き手=いからしひろき)
▽おおいし・えいじ 2011年に独立して、「みんな電力株式会社」を設立。小型ソーラー充電器を活用した「エネギャル」キャンペーン事業などを経て、16年から再生エネルギーを産地指定して購入できるシステム「顔の見える電力」を展開している。2児の父。