「騙された有権者」は「おめでたい」存在…他人は利益のための存在、崇めなければ排除
こうした言動から見えてくるのは、男を人間でなく「モノ」として扱う態度であり、これは女を「モノ」として扱う、アジアに買春ツアーに行く昭和のオッサンのメンタリティーそのものだ。
結婚観も同じ。
「カッコイイ人を連れて奈良に帰って、故郷に錦を飾りたい。三上博史を連れて帰ってみなさいよ、高校の同窓会とか肩で風切って歩ける(笑)」
1992年の参院選に出馬したときには、選挙中に男に「目ェつけてた」(本人談=以下同。「週刊現代」1992年9月19日号)。落選することがわかると、高市は「待てよ。今晩、私は世界一悲しい女になれる日なんだわ」と思い、男に電話して同情を買い、支持者や新聞記者が捜し回る中、「ある場所」に行っていたという。「私はかわいそうな女」とアピールし、同情を利用する手口もこの頃からだった。
高市は「コスモポリタン」(1991年2月号)で、「一人とつき合っていてもほかにおいしそうな男がいたらつまみ食いしてみたいとかね」と語っている。これは高市が政治家になってからの行動パターンそのものだ。新進党から自民党へ渡り歩き、時の権力者に近づき、「つまみ食い」を繰り返す。


















