五輪スポンサーはどうして「中止・延期」を言い出せない?

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 国民の多くがオリンピックの通常開催に不安を抱く中、公式スポンサーによる五輪チケットの応募抽選、旅行代理店による観戦ツアーの販売が活発化している。公式スポンサーは国際オリンピック委員会(IOC)と直接契約する「ワールドワイドパートナー」の14社のほか、大会組織委員会と契約を結ぶ国内スポンサーの67社がある。そんなにあるのに、どこも「普通にやるのはまずくない?」と言わないのが不思議だ。

■どこも表立って反対していない

 トヨタが「全てのアスリート、国民の皆様が安心して東京大会を迎えられることを切に望む」という意見を表明した。森喜朗氏のジェンダー発言の際も、他に先駆け「トヨタが大切にしてきた価値観とは異なる」とメッセージを発していた。

 トヨタは「コカ・コーラ」「P&G」「VISA」などと並ぶ五輪の最上位スポンサーの1社。契約額は非公表となっているが、10年2000億円程度(年間200億円)とされる。

 それ以外のスポンサーは大会ごとのスポット契約で、上から「ゴールドパートナー」が15社、「オフィシャルパートナー」は32社、さらに下位の「オフィシャルサポーター」の20社がある。

 国民の過半数が東京五輪の通常開催に懐疑的な今、どこか1社でも疑問を表明すれば、一気に「中止・延期」や「観客制限」の議論に傾くはず。むしろ開催に疑問を呈すれば、消費者の支持も得られそうな気がする。それなのに、どこもダンマリを決め込んでいるから不思議だ。もちろん、反対すれば反対したで、今度は開催を希望する人たちから批判される。事なかれ主義で、少なくともファーストペンギンだけにはなりたくないというのが本音だろう。

 スポンサー企業にもそれなりの事情はある。

 例えば、トヨタは次世代車種として「燃料電池車(水素カー)」を推進している。量産型「MIRAI」は一番安いモデルでも710万円で、国からの補助金約140万円(CEV補助金117万3000円、環境性能割17万4200円など)のメリットを生かして購入を決めるユーザーは多い。そのMIRAIなど約3700台を五輪専用車として提供しているが、中止になったら宣伝にもならない。

福利厚生で社員に観戦チケットを配った

 さらに燃料電池車の普及には「水素ステーション」の拡充が必須だが、4月現在で全国146カ所のみ。東京で21カ所、北海道は札幌と室蘭の2カ所しかなく、買い物使いにも不便だし、旅行などの遠出にはいよいよ使えない。水素ステーションを増やすのにトヨタ1社では限界があり、国と対立してもいいことはない。

「実にタイミングよく、先日の日経新聞が、政府が6月にまとめる成長戦略に、2030年まで水素ステーションを1000基整備する案が盛り込まれると報じました」(経済誌記者)

 世界のトヨタがこれぐらいで忖度するとは思えないが、日頃からの同社のSDGsの取り組み(人間性尊重)などの言葉を聞くと、どこか期待してしまう人も出てくるだろう。

 さらに、社員の福利厚生のため、今さら中止や延期を求められない企業もある。スポンサー企業にはオリンピックの「呼称」「エンブレム」などの使用権が与えられ、それで商売をすることができるが、加えて払った額に応じた観戦チケットも配られている。

「福利厚生の一環で社内応募で観戦チケットを配布している。楽しみにしている社員も多く、無観客は言い出せない」(スポンサー企業関係者)

 聖火ランナーもスポンサー枠が用意されている。

「一般人が聖火リレーをやっていると勘違いしている人もいるかもしれませんが、基本、聖火ランナーにはスポンサー枠があります。お金を出す代わりに社員やその家族が走れるのです。当日の最終ランナーが到着すると、夕方からは『セレブレーション』というパーティーがあり、これは会社のお偉いさんたちが楽しみます」(ゴールドパートナーの関係者)

 今まさに「P&G」のように商品購入者への観戦チケットのプレゼントキャンペーンを行っているところもあるし、すでにチケットを消費者に配っている企業は中止や無観客になると、あとあと補償の問題も出てくる。

業績が悪すぎて開催に頼るしかない

 また、業績が傾いて、わらにもすがるスポンサーもいる。オフィシャルパートナーの「KNT―CT」(近畿日本ツーリスト)は21年3月期の最終損益が285億円の赤字、期末純資産は96億円の債務超過となった。同じくJTBの連結売上高は前年比71・1%減の3721億円、当期純損失1052億円だ。背に腹は代えられず、JTBは中断していた観戦ツアーの販売を5月に再開した。公式HPにあるプラン例としては、開会式・閉会式込み17泊18日で1人246万円がある。24万円ではないので気を付けたい。見切り発車で販売し、観客に制限がかけられれば払い戻しの心配も出てくるが、ここでもタイミングよく、全国知事会が旅行キャンセルの“全額負担”を国に要望してくれている。

「『GoToトラベル』の際も国がキャンセル料を補償しているので、要望が通る可能性は高い」(旅行関係者)

 一方、オフィシャルパートナーの朝日新聞が社説で「首相に中止を求める」と“意見”を掲載したが、肝心のスポンサーを降りるとは言っていない。うがった見方だが、このまま無観客でも開催さえすれば、オリンピックが始まった頃は仲間の公式スポンサーの広告でぎっしり紙面が埋まっているはずだ。

 そのオリンピックが始まっても、公式スポンサーは「さあ、〇〇を飲んで応援へ行こう!」といった広告は大々的に打てないはず。これでは高い契約料に見合わず、少し気の毒な気もする。

 スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏がこう言う。

「まったく気の毒ではありません。新自由主義で肥大化したオリンピックは、〈スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな差異を超え、平和でよりよい世界の実現に貢献する〉というオリンピズムのかけらもない。一部の企業からは『中止にしたいという声が社内から出ている』といった話も耳にしたが、そういった声はかき消されます。IOCやJOCが公式スポンサーのことを『スポンサー』ではなく『パートナー』と呼ぶ時点で、両者の関係の背景が見えてくる。スポンサー企業はかわいそうな立場ではなく、開催を強行するIOCとは同志なのです」

 ひとりひとりの反対の声は大きくはない。せめて「感動をありがとう」と言うスポンサー企業がいたら、冷たい目を向けることだ。

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