故障で挫折した本格派右腕・川崎憲次郎を「技巧派の見本」として再生させたのは…
ヤクルトの黄金期を支えた飯田哲也氏による「すべては野村ヤクルトが教えてくれた」(第14回=2020年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録、交遊録を連載してきた。
当事者として接してきたからこそ見える、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となりが記されており、当時の空気や関係性がありありと浮かび上がってくる。本企画では、そうした一編を過去の連載の中からピックアップ。あらためて掲載する。
今回はヤクルトで最多勝を獲得した川崎憲次郎氏について綴られた、ヤクルトの黄金期を支えた飯田哲也氏による「すべては野村ヤクルトが教えてくれた」(第14回=2020年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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ヤクルト黄金時代に活躍した投手のひとりが、川崎憲次郎(49)です。
僕の2年後輩ですが、なんというか……気を使わないというか、なれなれしいというか。僕のことを「哲ちゃん」と呼ぶんですからね。昔から、あまり上下関係を気にしないタイプでした。
でも、なぜか腹が立たない。他の先輩選手もそうだったんでしょうね、逆に「面白いやつだな」と受け入れられていました。今のプロ野球界は、少しの年齢差なら先輩でも友達感覚で接する選手が増えています。コーチになって、選手同士の関係が昔に比べて変わってきていることを実感しましたが、川崎のような選手は当時は珍しかったのは確かでしょう。