ロッテ1年目、伊良部秀輝の悲鳴「金田監督はホンマえぐい。オレは競走馬やない…」
PL学園からはほかに、立浪が中日に1位指名。左腕エースの野村は大洋(現横浜)に3位で指名を受けた。のちに日本ハムに入団する4番の片岡は複数のプロからの誘いを断り、同志社大学に進学。1歳年下で三塁を守っていた宮本は同大、プリンスホテルを経てヤクルトに逆指名入団した。
甲子園で春夏連覇を果たしたボクらは、プロにも注目される存在になっていた。が同じ世代で、伊良部だけは別格だった。
「実はオレ、ガキの頃から何かといえば、おまえと比べられた。そのおまえは甲子園で春夏連覇やろ。オレは20歳までおまえを目標に野球をやっていたんやで」
つい先日、一緒に食事をした伊良部にこういって持ち上げられた。しかし、ボクの方こそ伊良部を初めて見た小学生の頃から、「モノが違う」と感じていた。
伊良部は中学時代、ショートも守っていた。すでに身長は180センチを超えていたが、その大きな体からは想像できないほど、軽やかなフットワークを見せ、手首が柔らかいのか、難しい打球も吸い込むようにグラブに収めていた。豪快なフォームからすさまじいボールを投げるマウンド上とは打って変わった軽快な動きで、運動能力の高さと器用さを感じさせた。