「始球式」の第1号は1908年にあの総理大臣…「打者空振り」が定着したまさかのきっかけ
19日に開幕したセンバツ甲子園でも行われる始球式、いつから始まったのだろうか。
1908(明治41)年のことだった。マウンドに立ったのは、総理大臣を2度務めたあの大隈重信である。
この年、米国から大リーガーを含む選抜軍が来日。11月22日の開幕戦の相手は、早稲田大学だった。場所は早大の戸塚グラウンド。そこで、早大創設者の大隈の出番となった。
投げたものの、捕手に届かないどころか、ほぼゴロだったという。
これを、早大の1番打者が故意に空振り。大隈に恥をかかせられない、という思いからだった。始球式のおなじみの“打者空振り”はこれで定着したそうである。
大隈は野球に理解を示したことで知られる。大学チームが初めて米国へ武者修行に出かけたのは早大で、野球部が総長大隈に直訴して実現。多額の遠征費を出したというエピソードが残る。
翌09年には、女性初の始球式が行われた。場所は羽田運動場。現在の羽田空港だ。東京倶楽部と神戸倶楽部との試合で、女性は電鉄会社の令嬢だったと伝えられている。


















