「始球式」の第1号は1908年にあの総理大臣…「打者空振り」が定着したまさかのきっかけ
運動場は当時、京浜電気鉄道(現京浜急行)の持ち物で6万坪の広さ。野球愛好家の小説家・押川春浪のアイデアで、1万坪のグラウンドが出来上がった。まだプロ野球はなかったが、野球はすでに全国的スポーツに成長しており、五輪の予選会も行われた。
羽田運動場は陸上トラック、テニス場と広がり、海水浴場に遊園地などもできて、庶民で賑わう憩いの場所だった。
ところが、17(大正6)年に大潮に遭い、使用不能に。38(昭和13)年に空港になっていく。
その後、始球式はさまざまな形で行われ、高校野球の夏の甲子園では、ヘリコプターからマウンド目掛けてボールが落とされる。
2025年には高校3年生の軟式野球部の女子部員が女子高生として初めて大役を務めた。
米国初の始球式は、25代大統領となるウィリアム・マッキンリーが州知事時代の1892年に行ったという。大リーグでは1910年に27代大統領のウィリアム・タフトがワシントンDCでスタンドから投じたのが第1号である。



















