「KKドラフト」直後に清原和博の実家を訪ねるも...両親はまともに話ができる状況ではなかった
元西武スカウト鈴木照雄「伝説の凄腕スカウトは見た!」(第2回=2024年)
日刊ゲンダイではこれまで、多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者として直接接してきたからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係が、ありありと浮かび上がる。
今回はあの「KKドラフト」について綴られた、元西武スカウト鈴木照雄「伝説の凄腕スカウトは見た!」(第2回=2024年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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「KKドラフト」と呼ばれた1985年11月20日のドラフト会議。西武は、史上最多の甲子園通算13本塁打を放ったPL学園高(大阪)の清原和博を1位指名した。鈴木が担当したこの怪物は、阪神、中日、日本ハムなど6球団の競合となった。
根本陸夫管理部長が当たりクジを引いた瞬間、学校のテレビで会議の様子を見ていた清原は、人目をはばからず涙を流した。
清原の意中の球団は巨人だった。鈴木は「本人はもちろん、家族も巨人に行くものだと思っていたはずです」と述懐する。


















