結局、男と女は異類なので結婚しても悲劇しか生まれない

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「異類婚姻譚」本谷有希子著 (講談社 2016年1月)

 19日に第154回芥川賞を受賞した作品だ。専業主婦で子どももなく平凡に暮らしている私は、〈ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。〉。

 確かに夫婦は、長年暮らしていると何となく似た雰囲気を醸し出すようになる。しかし、この作品で展開されているのは心理作用についての物語ではない。夫の顔が動き出し、物理的に変化するのだ。

〈よくよく注意してみると、旦那の顔は、臨機応変に変化しているのだった。人といる時は、体裁を保ってきちんと旦那の顔をしているのだが、私と二人だけになると気が緩むらしく、目や鼻の位置がなんだか適当に置かれたようになる。一ミリや二ミリの誤差なので、よほど旦那に興味がなければ、気が付く者はいないだろう。似顔絵の輪郭が、水に溶けてぼやっとにじむような、暖昧模糊とした変化なのだ。〉

 曖昧模糊とした変化が、徐々に深刻な夫婦間の亀裂に発展していく。しかし、そのことに気づいているのは、妻だけで、夫はそのような変化について無頓着だ。そこから、実は夫は妻に対して関心を持っておらず、ただひたすら自分のことだけを愛していることが浮かび上がってくる。

 同じマンションに住んでいる知人のキタヱさんが、可愛がっている飼い猫が、あちこちに小便をするのに耐えられなくなって、山に捨てる。キタヱさんは、山でならば猫は生きていくことができるという虚構の物語を信じることで、猫を事実上、死に追いやることを合理化する。私は、山に猫を捨てに行く行動を共にする。キタヱさんは、実のところ猫の運命については真剣に考えていないが、あたかも真剣に考えていると自らを欺瞞している。実は、私と旦那との関係もキタヱさんと猫の関係と本質的には同じなのだ。

 本当は、互いを必要としていない2人が、あたかも必要としているかのごとく偽装するのが、夫婦なのである。結局、男と女は、異類なので、それが結婚しても悲劇しか生まれないのだ。そして、夫は思わぬ物質に変化してしまう。

 文学の力を感じさせてくれる力作だ。本谷有希子氏は、今後も素晴らしい作品を書き続けるであろう。★★★(選者・佐藤優)

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