「作家、本当のJ.T.リロイ」 トラウマはサブカルシーンでの“名誉勲章”

公開日: 更新日:

 昔、アメリカでベトナム戦争の帰還兵たちの対面調査をして「過誤記憶障害」の元兵士に出会ったことがある。

 戦闘ストレスが高じて自分のでない残虐行為などを信じ込んでしまう心的障害のこと。そんな体験を想起したのが今週末封切りの「作家、本当のJ・T・リロイ」。娼婦の私生児に生まれ、自分も男娼になってエイズを病んだ18歳の少年が告白記で一躍サブカル文壇の寵児になる。ところが数年後、話はすべて虚偽で、人前に登場した金髪の若者も別人。その隣にいたマネジャーふうの女性が本当の作者だったというので大騒ぎになったのである。

 映画はこの経緯を昔の留守電の音声や映像とJ・T・ことローラ・アルバートへのインタビューで描くドキュメンタリー。彼の小説は邦訳もあるが、映画は一昔前のNYカルチャーの雰囲気を伝えてそこが魅力だ。

 思えばベトナム戦争以降、トラウマはサブカルシーンでの“名誉勲章”のような役割を果たしたのだ。

「他人になりすます」といえば、これを生涯の文学的主題にしたのがパトリシア・ハイスミス。映画「太陽がいっぱい」の原作者だが、小説は映画とも一味違う奇妙な質感で「偽の自分」を演じる青年の内面を描く。

 ハイスミス自身、この主題に魅せられてリプリーものをシリーズ化したのである。なまじ純文学ぶらなかったぶんだけ、彼女の内面に隠された“本当の自分”が興味深い。

 シリーズ最終作「死者と踊るリプリー」はあいにく絶版なので、代わりに短編集「11の物語」(早川書房 800円+税)を推しておこう。
〈生井英考〉

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦は大関昇進も“課題”クリアできず…「手で受けるだけ」の立ち合いに厳しい指摘

  2. 2

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  3. 3

    マエケン楽天入り最有力…“本命”だった巨人はフラれて万々歳? OB投手も「獲得失敗がプラスになる」

  4. 4

    中日FA柳に続きマエケンにも逃げられ…苦境の巨人にまさかの菅野智之“出戻り復帰”が浮上

  5. 5

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  1. 6

    高市政権の“軍拡シナリオ”に綻び…トランプ大統領との電話会談で露呈した「米国の本音」

  2. 7

    エジプト考古学者・吉村作治さんは5年間の車椅子生活を経て…80歳の現在も情熱を失わず

  3. 8

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  4. 9

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  5. 10

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ