「女、美しく… わが旅の途上で」長倉洋海著

公開日: 更新日:

 世界の紛争地を取材してきた写真家が、取材の合間に出会いカメラに収めた女性たちの写真集。

 トルコの東端アルメニア高原のアラトト山の麓の村で、いつか出会う新たな世界を夢見ながら絨毯を織る女性や、ふと気づいたカメラのレンズに柔らかいほほ笑みを浮かべる赤いスカーフの美しい女性、市場で野菜を売り切り、ロバが引く空の荷車に乗って家路に就く女性たちなど。それぞれの日常の一コマを切り取った写真は、添えられた詩的な文章とともに見る者の心を一瞬でかの地に連れ出してくれる。

 一期一会の出会いもあれば、再会と別れを繰り返してきた女性たちもいる。

 内戦下のエルサルバドルのバスターミナルで、政府軍兵士の誰何を受けた著者に助け舟を出してくれた当時12歳だった新聞売りのビルマ。2年後に再会した彼女は、マンジョーカ芋に酢キャベツを挟んだ手作りのサンドを市場で売っていた。

 やがて同じ市場で働く男性と結婚した彼女に将来の夢をたずねると、「家が欲しい。小さくていいから」と答えた。

 それから7年後、小さな分譲地を買った彼女は、少しでも早く完成させたいからと、仕事の合間に建材運びをしていた。

 1992年には、アパルトヘイトの廃止が宣言されたばかりの南アフリカで、炭鉱で働く出稼ぎ労働者のソロモンの帰郷に同行。1年ぶりに戻ってきた夫と迎える妻のディダはお互いにはにかむばかりで、高校生のように初々しい(写真②)。著者はその純朴さに惹かれる。

 2日後、あわただしい滞在を終え炭鉱に戻る夫の身支度の準備をしていたディダが、ラジオから流れた曲に合わせ突然、激しく踊りだした。6年後、夫婦に再会した著者は、あのときの彼女の踊りの意味に気づく。

 中には、自由を求め銃を手に戦う女性もいる。

 1986年にフィリピンで出会ったヒルダ(写真③)は、独裁者マルコス大統領に対抗する共産党の武装組織・新人民軍の女性兵士だった。政府軍に殺された兄の敵をとるために新人民軍に加わったヒルダだが、同じ部隊にいた恋人も戦闘で失っていた。身長150センチほどの小柄な体に不釣り合いの大きな自動小銃を携え、部隊の先頭に立っていつも前を進んでいたヒルダを思い、2016年にフィリピンを再訪して彼女の行方を捜したが、その行方はようとして知れなかった。

 サハラ・マリの市場で頭上と両手で持つ大量のたらいを売り歩く女性、スリランカの誰もいない教会で静かに祈りを捧げる女性(写真④)、シベリアのヤマル半島の果てしない雪原を歩いて祭りにやってきた民族衣装を着た2人組、笑顔は新郎にしか見せないとばかりにカメラをにらみつけるパミール高原で出会った花嫁、そして待っている誰かのために一心に料理を作る女性など。誰かの娘であり、誰かの妻であり、そして誰かの母である女性たち。

 自らの境遇を嘆くこともなく、ひたすら愛する者たちのために生まれ落ちた土地に根を張り、たくましく、朗らかに生きる女性たちの姿はどれも美しい。

(エー・ティー・オフィス 1800円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  2. 2

    ドジャース「佐々木朗希放出」に現実味…2年連続サイ・ヤング賞左腕スクーバル獲得のトレード要員へ

  3. 3

    ドジャース大谷翔平32歳「今がピーク説」の不穏…来季以降は一気に下降線をたどる可能性も

  4. 4

    ギャラから解析する“TOKIOの絆” 国分太一コンプラ違反疑惑に松岡昌宏も城島茂も「共闘」

  5. 5

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  1. 6

    国分太一問題で日テレの「城島&松岡に謝罪」に関係者が抱いた“違和感”

  2. 7

    今度は横山裕が全治2カ月のケガ…元TOKIO松岡昌宏も指摘「テレビ局こそコンプラ違反の温床」という闇の深度

  3. 8

    国分太一“追放”騒動…日テレが一転して平謝りのウラを読む

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    大谷翔平のWBC二刀流実現は絶望的か…侍J首脳陣が恐れる過保護なドジャースからの「ホットライン」