新しい小説の新鮮な魅力と出合う 文庫アンソロジー特集

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「おやこ」細谷正充編 池波正太郎ほか著

 ステイホームが続き、家中の本を読み尽くしてしまったというアナタから、暇を持て余して読書でもしてみようかというアナタまで、新たなお気に入りの作家と出会うにはアンソロジーを手にするのが一番の近道。不安はいろいろあれど、気になる作品や、目についた作品から読み進めるうちに、次第に物語の世界のとりこになること間違いなしのとっておきのアンソロジーを紹介する。



 小石川御薬園同心の草介は、上役の娘・千歳に頼まれ園内を案内中、療養所の左門親子の話を聞く。疼痛を患う父親を看病する息子の平太は絵が達者で、絵師の内弟子になるために房州から出てきたが、絵師に大金を要求され、入門を諦めたそうだ。おまけに左門が荷車にひかれてしまい、ケガは大したことがなかったが、持病が悪化したため療養所に入所したという。

 見回り中、草介は薬草畑に植えられていたトリカブトが引き抜かれ持ち去られていることに気づく。慌てた千歳は、留守の父親に代わり園丁らを招集して犯人捜しを始めようとするが、草介には犯人に見当がついていた。(梶よう子著「二輪草」)

 藩政改革に奮闘する勘定奉行を主人公にした山本周五郎の「いさましい話」など親子をテーマに描かれた7編を収録。

(朝日新聞出版 810円+税)

「怖い話を集めたら 連鎖怪談」深志美由紀著

 売れない恋愛小説家のいつきに元編集者の青葉から仕事の依頼が舞い込む。怪談を題材にしたスマホ用ノベルゲームを企画中で、その取材とシナリオを任せたいという。

 最初の取材相手は、酒々井という男性だった。かつて東北の豪農だった酒々井の実家には「御嫁様」と呼ばれるお面が代々伝わっているという。能面に似た美しい女の顔をしたその面は、本家の姑から嫁へ引き継がれる際の儀式の時だけ、封印された桐箱から出される。

 少年時代に儀式の間に迷い込み、垣間見た御嫁様に恋い焦がれてきた酒々井は27年後、祖母から御嫁様にまつわる意外な事実を教えられる。

 他にも、顔にかかる黒いもやで、その人の死期が分かるという莉代子など、各人が語る怪談を取材するいつきの身辺でも異変が起き始める連作集。

(集英社 560円+税)

「まんぷく」畠中恵、坂井希久子ほか著

 小さな菓子司の家に生まれた栄吉は菓子作りが好きだが、餡子作りの才能は壊滅的だった。今は大きな菓子司「安野屋」で修業ならぬ下働きをしている。

 そんなある日、安野屋に泥棒・八助が入った。八助はある家で下男をしていた時、安野屋の菓子を食べたことがあり、上等な砂糖を狙って盗みに入ったという。それを聞いた主人の虎三郎は八助の才能を見込み、雇うことに。

 器用な八助は日が浅いのに、菓子作りに加わることになり、栄吉よりも褒められる。ついには、仕事場の狭さを理由に栄吉だけが板場を外されてしまい、心が折れた栄吉は菓子職人の道を諦める決心を固める。

 ところがその矢先、栄吉は八助が仲間と組んでこっそり砂糖を盗んでいたことに気づく。(畠中恵著「餡子は甘いか」)

 料理をテーマにした時代小説傑作選。女ひとりで居酒屋を切り盛りするお妙と周囲の人々が織りなす人情物語「鮎売り」(坂井希久子著)や、岡っ引きの茂七が料理をきっかけに事件の真相に迫る「お勢殺し」(宮部みゆき著)など6作を収録。

(PHP研究所 740円+税)

「激動 東京五輪 1964」大沢在昌ほか著

 作家の「わたし」は、友人の玉川に頼まれ来日したジャーナリストのデビッドの取材に同席する。デビッドによると、公開された公文書に玉川の父親の名が載っていたという。文書が真実なら、昭和39年にひき逃げ事故で死んだ玉川の父親は、CIAによって暗殺されたことになる。

 実家に父の死後に会社から届いた私物を入れた段ボール箱が残されていた。玉川の父は、オリンピックの開幕に合わせ小型の映画撮影機の開発に取り組んでいたらしい。段ボール箱からその試作機で撮影したフィルムが出てきた。フィルムにはオリンピックの馬術競技の会場だった馬事公苑で撮影された映像があった。デビッドは映像の片隅に写るある人物に気づく。(大沢在昌著「不適切な排除」)

 五輪に沸く1964年の東京を舞台に人気作家が競演するアンソロジー。

(講談社 680円+税)

「小川洋子と読む内田百閒アンソロジー」内田百閒著 小川洋子編

 百閒作品をこよなく愛する編者が編んだ作品集。

 関東大震災の翌年、旅行に出かけようと思い立ち、6円50銭で買ったズボンをはいて、上野駅から急行に乗り、北海道に向かう。しかし、寝台で着替えようとしたら、ズボンが裂けてしまった。よく見ると、縫い目がなく、糊のようなもので張りつけただけだった。仕方なく、たった1枚持参した浴衣に帯革を締めて、パナマ帽と編み上げ靴で北海道に渡る。

 宿泊先の函館で、翌日に知人の盲目の琴奏者・宮城氏の演奏会が青森の公会堂であると知り、現地へ向かい、宮城夫妻の喧嘩に巻き込まれてしまう。(「旅愁」)

 他にも、未来の凶福を予言する化け物になった男の恐怖を描く「件」や、読み返すたびに新たな驚きに打たれるという「冥途」など、色彩豊かな小説・随筆24編を収録。

(筑摩書房 880円+税)

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