世界の真実に迫るノンフィクション特集

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「ゴーンショック」朝日新聞取材班著

 世間を驚愕させた事件や社会の闇の真実と出合い、知られざる世界に生きる人々の息遣いまでも感じられるのがノンフィクションの醍醐味だ。今回はとくに読み応えのある5冊をピックアップ。書き手の執念にも脱帽させられる。



 2018年11月19日、世界中を驚かせるニュースが飛び込んできた。「日産自動車のカルロス・ゴーン会長を金融商品取引法違反容疑で逮捕」。本書はこのスクープをものにした朝日新聞取材班による、前代未聞のスキャンダルの全容である。

 電撃逮捕のきっかけは同年3月、検察に日産内部の極秘情報がもたらされたことに始まる。ゴーンが日産の金を食い物にしており、アメリカ大手法律事務所が調査に乗り出している……。

 3カ月後、特捜部には不正の詳細がまとめられた報告書が届けられたが、刑事事件として立証するには不正に加担したゴーンの部下の協力が欠かせない。しかし、それは同時に本人も罪に問われることを意味している。そこで秘密裏に検討されたのが、当時始まったばかりの司法取引の活用だった。逮捕劇の裏側だけでなく、ゴーンの半生や逃亡後のインタビューまで網羅する本書。あの事件の全容が見えてくる決定版だ。

(幻冬舎 1800円+税)

「ラマレラ 最後のクジラの民」ダグ・ボック・クラーク著 上原裕美子訳

 インドネシア諸島のはずれにあるレンバタという島に、手銛1本でクジラを捕獲し生活するラマレラの民が暮らしている。住民1500人のうち300人が漁師で、一年に平均20頭を仕留め主要な食料としている。イルカからシャチなどあらゆる獲物に銛のみで挑むが、主となるのは歯を持つ肉食獣の中でも最大の生物である、マッコウクジラだ。

 手こぎの舟で集団を組み、チームワークでクジラを囲い込む。逃げるクジラのギリギリまで船を近づけたら、銛手が船首から身を躍らせ、クジラ目がけて飛び掛かる……。400年にわたり受け継がれてきた、手に汗握る漁の様子は圧巻だ。

 一方で、この30年ほどでラマレラにも近代化の波が押し寄せ、生活に変化が起きている現状もルポされている。“クジラの民”の未来にとって、最善の道は何なのか。存続の危機にある希少文化と、それを守ることの意義についても考えさせられる。

(NHK出版 3000円+税)

「完全版 マウス」アート・スピーゲルマン著 小野耕世訳

 ホロコーストのユダヤ人生存者の体験談を、息子の目線でつづったノンフィクション。

 ユニークなのがその手法で、マンガ家である著者は父の逃亡生活やアウシュビッツでの悲惨な生活をマンガで描き起こしている。さらに、本書には人間は登場しない。ユダヤ人をネズミに、ドイツ人をネコに、ポーランド人をブタになど、どこかかわいらしい動物の姿で描き、過酷な現実に親しみやすくアプローチしている。

 ユダヤ人の逃亡生活を、ネズミがブタのお面をつけている姿で描くなど、独自の表現でホロコーストの真実に迫る本書。また、ネズミの姿の著者がニューヨークで暮らす年老いた父のもとを訪れ、昔話を聞く場面が全編に盛り込まれている。これにより、生存者の決して消えないトラウマまでも浮き彫りにしている。

 マンガや動物など視覚に訴える手法でホロコーストの恐ろしさを伝える、大人も子供も必読の書だ。

(パンローリング 3500円+税)

「ソドム バチカン教皇庁最大の秘密」フレデリック・マルテル著 吉田春美訳

 タイトルからバチカンの同性愛に関するスキャンダラスな暴露本の印象を受けるが、実際には逆。バチカンに同性愛が多いことの背景やそれによって生まれる悲劇を、膨大な取材から考察した良質の研究書と言える。1930~50年代のイタリアでは、同性愛者に未来の選択肢は少なく、その身を捧げて“罪”を償う方法として選ばれたのが聖職者への道だった。現に、多くの枢機卿の出身地であるロンバルディアやピエモンテの小さな村では、かつて同性愛は絶対的な悪と見なされていたという。

 また、司祭を目指す者に課せられる女性への貞潔と独身の誓いは、彼らにとっては助け舟ともなったと本書は分析する。しかし、キリスト教でも同性愛が罪と見なされることで、表向きは厳格な教義を説きながら、私生活では同性愛を実践する、聖職者の「二重生活」という問題も生まれているという。カトリック教会に根差す、矛盾という根源的な問題を突きつけられる。

(河出書房新社 3900円+税)

「イスラエル諜報機関暗殺作戦全史(上・下)」ロネン・バーグマン著 小谷賢監訳 山田美明ほか訳

 イスラエルでは、国家を守るという目的のため、これまで2700件もの「暗殺作戦」が実行されてきたという。もちろん、暗殺行為が国際法などによって認められているわけではない。しかし、国家の安全保障に資すると判断されれば、それは速やかに実行される。そしてほぼすべての暗殺に、その時々の首相による政治決定があったことも本書は明らかにしている。

 こうした背景には、ホロコーストなどのトラウマがあると著者は分析。イスラエルという国家は常に消滅の危機に瀕しながら、助けの手が差し伸べられてこなかった。だからこそモサドなどのイスラエル諜報機関は、国にとって脅威と見なした人間を抹殺し、“敵は必ず見つけ出して殺害する”という強烈なメッセージを伝えることで外敵への抑止力としてきたわけだ。7年半に及ぶ取材によってつづられた渾身の、そして世界初となるイスラエルの暗殺通史である。

(早川書房 各3200円+税)

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